メディアグランプリ

おばあちゃんのステーキにみる、子どもの背徳感


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記事:ナギハネ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「おねだりしたらあかんで」
あれは10歳の頃だったと記憶している。母方の祖母の家へ泊まりに行く日の朝、母はおねだりするな、と私に何度もきつく言い残して仕事に出かけた。
 
なぜあんなにきつく言われたのか、今でも理由はよく分からない。母にとっての姑にあたる人に子どもを預ける、というのなら少しは理解できる。が、あの時は母方の祖母の家にお泊まりだったのだ。自分の実母に預けるというのに、なぜあんなに他人行儀なことを言い出したのだろう。
 
母はしつけに厳しい人ではなく、子育てはこうあるべき、という執念にとわれている人だと思う。念のために断っておくが、母は私に愛情をいっぱい注いで私を育ててくれた。それに感謝の念はある。ただ、母の”ズレる”行動は私をたびたび悩ませた。
世の中の”定説”どおりなのだろう、お箸の持ち方はもちろんのこと、何から何まで、母は執拗に”しつけ”をしてきた。少しでも反発すると、「あんたが大きくなったら分かる」と口癖のように繰り返す。父も同じく「大人になれば親の有り難みが分かる」と怒りに任せて子どもを叱りつける人だった。
ちなみに2人とも、子どもに何か問題が起きれば、「あんたが悪い」と繰り返すばかりの人たちである。そして子どもからの“ごめんなさい”を聞くまでは絶対に”しつけ”を止めない。
 
そんな親のもとで育った10歳の私は、いつも言いたいことを飲み込み、何か悩みを抱えれば「自分が悪い」と自分を責める、そんな子どもだった。
 
祖母の家にお泊まりする朝、母は何度も繰り返した。
「おねだりしたらあかんで」
「わかった」
「絶対に、そういうことしないでね」
「わかったって」
何度かのやりとりの後、私はお泊まりグッズをカバンに入れて、おばあちゃんの家へ向かった。
 
出迎えてくれたおばあちゃんは、開口一番「何か欲しいもんあるか?」と聞いてきた。もちろん私は、首を横に振る。しかしさすがは母の母、それだけでは終わらない。黙っている私に執拗に聞いてくる。
 
「なんか食べたいものあるか?」
フルフルと首を横に振る。
「ないことないやろ?」
私はしょうがなく、理由を話した。
「……お母さんにな、ゆうたらあかんって言われてんねん」
もちろん、そういったところで会話は終わらない。祖母はあの手この手で、私から”おねだり”を引き出そうとしてくる。
「お母さんには黙っといたるから。何がほしい?」
親にきつく”おねだり禁止”された子どもは、そうやすやすとは口を割らない。黙ったまま、もっと激しく首を振る。
「なんでもええから、ゆうてみ?」
私はしぶしぶ言葉を絞り出した。
「…ないよ、ないって」
おばあちゃんは、母の母、である。”おねだり”を引き出す執念は続いた。
「おばあちゃんとの秘密にしといたらええ。大丈夫や、黙っといたら怒られへん」
どうしたらええねん……。再び口を閉ざした私をみて、祖母は違う方向から聞いてきた。
「……好きな食べ物は、何や?」
しょせんは、10歳の子どもだ。そう聞かれて素直に答えた。
「ステーキ」
「よっしゃ、わかった」
 
その日おばあちゃんは、ステーキを作ってくれた。ステーキというには薄かったが、やや厚めの牛肉に塩コショウし、弱火でじっくり焼いていく。ウェルダン中のウェルダンに仕上げたのが、おばあちゃんのステーキだ。
 
焦げ目もなくソースもかかってないステーキだが、目の前に出されると嬉しかった。だけどなぜか、胸がチクチクしたのを覚えている。今なら分かる、あれは私にとって生まれて初めての背徳感だ。
 
おばあちゃんはナイフとフォークではなく、お箸をくれた。そしてお皿の上にあるステーキを、おばあちゃんが切り分けた。もはや火の通った塩コショウ味のスライス肉である。にもかかわらず、おばあちゃんのステーキは、すごく、すっごく美味しかった!
 
あの美味しさは何だったのだろう? 背徳感のなせる技か、あるいは孫を想う祖母の愛か。きっと、その両方だろう。おばあちゃんのステーキには、いろんな感情が詰まっていた。
 
大人になった私は、ステーキはミディアムレアと決めているし、好物の一つは生肉のユッケだ。だけど時々、無性に、あのおばあちゃんのステーキが食べたくなる。記憶に刻まれた美味しさは、味覚が大人になっても、ずっと”美味しさ”を持ち続けているのだなあ、と思う。
 
ちなみに、おばあちゃんの家に泊まりに行った翌日、”おねだり”したことはすぐ母にバレた。おそらく母が、執拗におばあちゃんから聞き出したのだろう。
 
親になった今、あの時の母の子育て方針には首をかしげることが多い。ただ思うのは、あの”おねだり禁止”にみる母の執念は、”おねだり”を引き出そうとする祖母から受け継がれてきているということだ。
 
子どもにはただただ”美味しさ”を感じてもらいたい。母の子育てに対する執念を、できれば私の代で断ちきりたいと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2024-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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