隠したいのに隠しきれない《ふるさとグランプリ》
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記事:まつしたひろみ(ライティング・ゼミ)
「お金、壊してほしいんだけど」
「……」
「お金、壊れない? じゃ、どうしようか?」
え? なんで返答がないの? 私、変なこと言った?
あ、そうか、壊れないんだ。じゃあ、仕方ないか。
「壊れないんだったら、大きいのでいいかな?」
「……壊す?」
「そう、壊してほしいんだけど。壊れないんだったらしょうがないよ」
「いやいや、壊れるって!」
一同、大爆笑。
私は全く意味がわからなかった。何にも笑わせようとしていないのに、私の発した言葉で笑っているようだ。
大阪の友人たちとの飲み会。支払いをするのに1万円札しかなかった私は、お金が壊れないかと、聞いただけだったのに。
「壊れるって言わないの?」
「言わない言わない」
「じゃ、なんて言うの?」
「両替する?」
「いや、壊れるでしょー」
そう、両替することを「お金を壊す」と言う。
これが標準語ではないことを知って、大きな衝撃を受けた。
ローカルだということを改めて実感すると、かなりのダメージを受ける。
名古屋弁でよく言われるのは「〜だぎゃー」とか「でらうみゃー」とかあまりきれいに表現されない。「食べやー」とか「〜しやー」とは言うが、「ぎゃー」「みゃー」はあまり使わない。それに、訛りがかわいくはないので、他へ行った時にはあんまり出さないようにしている、つもり。
知らない方言があったりして、知らずに使うとこんなふうに笑われるし。
他にも、
「パカパカしてるから、早く!」
「え?」
「信号パカパカしてるから走るよ!」
「何? パカパカって!」
パカパカはパカパカじゃん! 笑ってないで、早くー。信号変わっちゃうよー。
点滅していることを「パカパカ」と言う。信号が点滅してると「パカパカしてる」って言うし、電球が切れそうになっていて「パカパカしてる」って言う。
こうやって、方言だって知らなかったことが案外あるみたいだ。
方言で困ったこともある。
本や漫画に書いてある意味が理解できなかったことだ。
「放課後、行きたいところあるんだけど……」
デートに誘う場面にありそうなセリフ。
ただ、私にとっては……。
放課後って、何? 放課の後は授業じゃないの?
授業サボってどっか行っちゃダメじゃん! 教室に行きなさいよー!
と、このように解釈される。
名古屋で「放課」と言われるのは授業と授業の間の時間。他では「休み時間」と言うらしい。
「名古屋ってモーニングサービスあるんですよね。あれいいですよねー」
東京や大阪に行き「名古屋から来ました」と言うと、結構な確率で「モーニング」のことが話題になる。そして、当たり前のことを話すだけで、すごく興味津々に話を聞いてくれる。
旅行雑誌を見ると、名古屋の行っておきたい場所! というとモーニングは必ず記事になっている。
基本のトーストとゆで卵のものから、かなり変わったメニューまである。トーストではなく、サンドイッチというのはまだ普通。サラダが付いているとちょっと得した気分に。他には、基本メニューに茶碗蒸しが付いている店があったり、トーストにうどんという炭水化物コンビメニューがあったり、パン食べ放題があったりする。中には一日中モーニングやっています、という店もあり、日に2回もモーニング食べましたという人もいる。
朝、コーヒーを頼んだ時のサービスがモーニングだと思うのだが、こうなってくると、もはや何のサービスなんだかわからない。
テレビのローカル番組でもモーニング特集はやっている。
近くのお店だったら行ってみたいね、などと話しながら見ている。次から次へといろいろなお店が出てくるものだ。
ただ、少し違和感を感じる。
モーニングが「サービス」と言われることに。
朝だけですよ、と出されるもので、昼過ぎに同じコーヒーを注文しても、トーストではなく豆くらいしか出てこない。モーニングが朝のサービスであることには変わりがない。
朝の喫茶店でコーヒーを飲んでトーストも出てこないなんて、タコ焼きにタコが入っていないくらい大変なことなのだ。
実際に私の叔母は、近所にできたおしゃれなカフェに行った時にモーニングがなくて、「なんでモーニングも出さないのかしら」と文句を言っていた。「モーニングくらいやったほうがいいよ」と助言もしてきたそうだ。でも、イマドキのカフェなので、結局モーニングはやっていない。地元の固定客はどうもいないようだ。
名古屋人にとって、「モーニング」というのは日常にあるものであり、「サービス」ではない。
ちょっと待てよ。
これも、知らない人からとってみれば。
「モーニング=朝」である。
名古屋でモーニングっていうと、モーニングって、実は方言なのではないか。
名古屋でいうモーニングは、朝でもなければサービスでもない。
「コーヒーにトースト・卵が付いてくる」これが、モーニングの意味だ。
名古屋の人は喫茶店に誘う時「お茶しに行きましょう」とはあまり言わない。「コーヒー飲みに行きましょう」となる。
誰かが家に来たら、「コーヒー飲みに行こうか」と連れ出す。父が店をやっていたので、お客さんが来ることもよくあった。店でお茶を出すのではなく、近所の喫茶店に行くことが当たり前だった。別のお客さんが来て、その喫茶店に父を呼びに行ったことも少なくない。
当たり前に使われている言葉でも、組み合わせが変わるだけで、使う場所が変わるだけで、当たり前の意味ではなくなり、違う言葉に変化する。
日本語でも、通じないことってあるんだな。
ある時、小学校の掃除の話になった。
「小学校の頃さー、机をつるの、えらかったよね」
「つる?」
「机つり。やらなかった? あれ、えらいよね」
「……」
え? みんな机はつらないの? つるのって、えらかったよね?
えー、これも通じないのー!
***
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