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女は「何に」決断するのか?


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記事:でこりよ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「えっ、あ、どうしよう……?」
トラストヒューマンシネマ有楽町を午後7時55分に飛び出した私は、完全に頭が混乱した状態でフラフラと有楽町界隈を彷徨っていた。
 
映画『女は二度決断する』を鑑賞後、久しぶりに味わったこの埋没感。こうなるとしばらくはどうすることも出来ない。動いていなければオオカミ男のように突然発狂してしまうのではないかという恐怖と戦いながら、月に背を向けて暗闇をなぞるように徘徊した。
 
幼い時から物語にどっぷりハマってしまうと、楽しい嬉しいという感情ではなく、物語に引きづられる恐怖を感じた。言語化できない感情を爆発させたい衝動にかられるのだ。私の胸ぐらをつかみ、その「どっぷり」へと突き落とす作品に出会うことは、そう多くはないのだが、小説、アニメ、映画、舞台、ゲームに至るまで、あらゆる物語に対して身構えるようになった。だから、そんなどっぷりな毎日を送っていたら到底身が持たない、と意識的に避けていたこともあるし、ただ単に自意識過剰な自分に嫌気がさして勝手にへそを曲げていた時期もあった。
 
そして、なんだかんだでそれなりの歳になり、物語の世界ともある程度コントロールをしながら付き合えるようになった。大人になった、と思っていた。この映画を見るまでは。
 
まったくの不意打だった。
私は彼女の表情を見た瞬間、胸ぐらをつかまれ、恐怖の「どっぷり」へと突き落とされるのを感じた。
 
最初に言っておく。この映画は、どんなに文字で内容を理解しようと、それによって結末を知ろうとまったく関係ない。映画の本質は話の筋にあるのではない。証拠に公式サイトでも「え、そこまで書いていいの?」というくらいほぼほぼのあらすじが書かれてあるし、邦題にいたっては「女は二度決断する」とズバリ言っちゃっているので、私の単なる強がりでない、ということは理解していただけると思う。だから、たとえネット上であらすじを知ったり結末を知ったりしても、まったく無意味なので安心してほしい。
 
では、何が私の胸ぐらをつかんだのか。それは、スクリーンに映し出される俳優たちの表情だ。
 
「私はあの表情を知っている。誰だ? あ、私だ」
 
特定の人物ではない。登場する一人一人の表情に自分を見た気がした。だから、私はすべての人物の脳内に入り込み、感情の渦にいとも簡単に飲まれてしまう。共感を超えて、その人自身になってしまう。
 
「えっ、あ、どうしよう……?」
 
「どっぷり」に気がついた時には、もう手遅れなのだ。特に今回は、登場人物全員が私の胸元に手を伸ばしてきた。もちろん一番強い力で襲いかかってきたのは、ダイアン・クルーガー演じる愛する息子と夫を爆破テロで失った主人公カティヤであるが、最後の最後で私を「どっぷり」へと突き落としたのは意外な人物だった。嫌悪感しかいただかなかった彼女。爆破テロの犯人の女だった。映画の終盤で見せた彼女の表情を見た瞬間、一気に突き落とされてしまった。犯人の女の中に自分を見出したからだ。その瞬間、今まで見せてきた彼女の表情がフラッシュバックし、一つのフィルムとなって私の脳内に映し出された。
 
知ってる。爆弾をしかける前に見せた涼しげな顔も。数週間ぶりの夫との再会で見せた憎たらしい顔も。裁判中の偏見に満ちた太々しい顔も。追ってくる敵に狼狽する表情も。そして、何かを終わらせる覚悟を決めた顔も。
 
私がかつて「正しい」と信じ込んで生きていたパートナーとの生き方で見せてきた表情そのものだった。彼が知っていること、見ること、聞くこと、話すことがすべてだった私は、爆破テロを起こす女となんら変わりはない。そう気がついた時、私は完全にどっぷり埋れていた。
 
埋れた私には、彼女の心の叫びが聞こえてきた。
「助けて。もう終わりにしたい」と。
 
もしかしたら、見る人にはそう感じないかもしれない。私の勝手な妄想なのかもしれない。もちろん、彼女のやったことは許されることではない。しかし、私は彼女自身になって、必死に祈りを捧げていた。そして、爆破テロの犯人の女の表情が物語った「二度目の決断」と、主人公の「二度目の決断」が重なった瞬間、互いの願いが交差し、おそらく、お互いが望んだ結末を迎えたのだろう。いや、そうに違いない、と感じた。
 
何が「正しく」て、「正しくない」のか、そんな二者択一的な考え方で割り切れる世の中ではないことは、それなりの歳を重ねてきた今、頭では理解している。理解しているけれども、その世界へ「どっぷり」と埋没することで、私の中で封印していた行き所のない感情が溢れ出す。映画を見た後も彼女の表情が頭から離れず彷徨った。
 
「物語に触れるのはやっぱりしんどいや」
 
これが正直な気持ちだけど、このしんどさを乗り越えた時、もっとすごい物語に出会える気がするのも否定できない。
 
「そっか、だから物語が好きなのか」
 
今回も「どっぷり」からの生還の言葉を無事に導き出せた私は、くるっと踵を返し家路についた。

 
 
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2018-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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