洋服は戦略
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記事:戸崎いずみ(ライティング・ゼミ平日コース)
「あーあ、今日も雨か」
朝子は窓のカーテンを開けてつぶやいた。今日は日曜日だ。
朝子は土日が休みの会社員だ。最近、33歳になった。彼氏はここ2年ぐらいいない。長年付き合った彼とは、結婚する訳でもなく、なんとなくマンネリ化し、彼の浮気が原因で別れた。まわりの友人も子育てに忙しく、自然と距離ができてしまった。そのため、せっかくの休みだが昨日も今日も特に予定が無く、昨日は雨を理由に一日家でのんびり部屋の片付けをしたり、ファッション雑誌で流行のファッションをチェックしたりして過ごしていた。最近のトレンドもわかったし、晴れたら天神に服を見に行こうかなぁ。と思っていた。
それが、雨。洋服を買うと、雨で新品の服が台無しになりそうだ。
やることが白紙になると、すぐにスマホに手が行ってしまう。スマホをいじっていると、KBCシネマで「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」が上映されているのを知った。
ベルギー出身の世界的ファッションデザイナーを追ったドキュメンタリーらしい。朝子はドリス・ヴァン・ノッテンを知らなかったが、雑誌のパリコレ(パリで行われる有名ブランドのファッションショー)のスナップをチェックするのは好きで、パリコレの裏舞台が観れるのと、メンズモデルの写真がドストライクに好みだったのが決めてになり、映画館へ出かけることにした。
KBCシネマは天神北にある。朝子は流行のファストファッションが好きで、買い物は天神の中心地にある店にばかり行く。天神北に行くのは久し振りだ。昔はダイエーだったところがイオンになっている。意外に人がいっぱいいるなぁ。と朝子は驚きながらKBCシネマに向かった。
雨が小雨になった。朝子は「この天気、私みたい」とつぶやいた。大雨じゃないけれど、いつも晴れていない、何となくはっきりしない私の人生みたいだなと思った。
この映画に出会い、朝子の人生が180度変わることになることを、朝子はもちろん知る由もなかった。
「バーン!」
というような華やかさや、派手さは無く、パリコレという大きな舞台の前に、繰り返し繰り返し苦悩しながらも確実に準備を進めるドリス・ヴァン・ノッテンの姿。そして、数十年間に渡り公私をともにした彼を支える男性パートナーと、愛犬、彼の愛しむ美しい庭がそこにはあった。
そして、朝子の今までの常識を覆すメッセージがあった!
ドリス・ヴァン・ノッテンのデザインした洋服は、世界のトレンドの発信元となったと表現しても過言ではない有名アーティストのマドンナや、アメリカのオバマ元大統領夫人に愛されている。
しかし、ドリス・ヴァン・ノッテン本人は、流行を発信しようと思って服をデザインしてはいなかった。彼が洋服を通して発信しているメッセージは一言でいうと「イメージの見える化」だった。服は自分のなりたいイメージを他者に発信するツールであるという。
自分の選ぶ服で他者からの自分のイメージが変わり印象付けることができるというのだ。
朝子はそのメッセージに衝撃を受けた。今まで、トレンドの服を着ていたら、何となく自分は大丈夫。まぁまぁイケてる。と考えていたからだ。
毎年服をシーズンごとに買い換え、美容室にも頻繁に行く。けど、今ひとつ垢抜けない私。その原因はここにあったのだ! と朝子は強く思った。
映画館からの帰り道、雨は止み、薄い雲の間から太陽が顔を出していた。
その日から、朝子は変わった。毎月買っていたファッション誌を買うのを止めた替わりになりたいイメージの著名人を研究した。
そこから心の中で上品で優雅なエレガントなキャサリン妃のような存在になると決めた。洋服を選ぶときはエレガントなイメージからブレていないか? を自分に問うようになった。
SNSのプロフィール写真を代え、副業にと半年前に登録してから一度も仕事が来ていないフリーランスライターのサイトプロフィール写真も代えた。
そうすると、朝子の生活に大きな変化が起きた。
仕事では、副業のフリーランスライターのサイトから依頼が来た。それも一度だけではなく、継続して依頼がくるようになった。社内でも、朝子の意見を取り入れてもらえるようになり、新規事業の提案が採用される見込みだ。
プライベートでは、2つ年下の彼氏ができたのだ。彼は朝子が今まで付き合ってきた男性とは全く違って、まわりの悪口や朝子への不満を言わない、エネルギーを自分の夢に向かって全力で使っている人だ。朝子のことを大切にしてくれる。
「洋服は、自分の人生を自分が生きたいように生きるための戦略だ」と今の朝子は自信を持って人に発信できる。
最近の朝子の目標はドリス・ヴァン・ノッテンの服を着こなす収入を得る仕事をすることと、彼との結婚だ。朝子は心から毎日を楽しんでいる。
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