出るものも出ない
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記事:きくち ともこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
初めての海外旅行は、知らない人と行った。社会人になって何年目かの時だ。
「海外行ってみたい」と思ったけれど、周りで一緒に行こう! という人が居なかった。
でもどうしても行ってみたい。
それで海外旅行の雑誌に載っている、ツアーメイト募集に応募して一緒に行ってくれる人を見つけた。今みたいに携帯もメールもない時代だ。そのツアーメイト募集のやり取りは手紙。
一緒に行ってくれることになったのは茨城の女性で、何度か手紙をやり取りしながら一緒の日程で申し込んだ。
だから成田で初めて顔合わせ。はじめましてのその女性とニューカレドニアに飛び立った。
その女性は、日に焼けてスレンダー、ソバージュヘアのいかにも夜の街で遊んでいそうなイケイケな雰囲気のお姉さんだ。スパスパ煙草を吸いながら
「こう見えて漁師なんだよね。すごいでしょ?」
と笑った。女性で漁師さん、という事にも驚いたけど、見た目とのギャップにも驚いた。
でもそのイケイケお姉さんとの旅行は意外に楽しかった。
年に何度か海外に行く、というだけあって旅慣れていた。
「夜遊びいっぱいしたよ」と、私には絶対出会わないようなお面白い出来事をたくさん教えてくれた。夜遊びで鍛えた?からなのか人なれしている、と言えばいいかすごく気さくだ。
気を遣わず楽しめた。
初めての海外がそんなだったからか、旅の高揚感が病みつきになった。
若いうちにあちこち行っておきたい。そう思ってそれから少しずつ機会をつくって海外に出かけた。
旅の高揚感を友人とも共有したい。そう思って身近な友人も誘うようになった。
「トレッキング体験付き! ネパールでお正月を迎える9日間の旅」
たしかそんな名称のツアーだったと思う。当時一番仲良くしていた女友達と2人、そのネパールのツアーに参加した。寺院を見て回る。トレッキング体験にヒマラヤ遊覧飛行もできる。ガイドが付くから安心だ。
非日常の経験ができそうな旅行だった。
ネパールは物資に乏しい、貧しい国だ。
首都カトマンズのホテルでさえ夜9時過ぎになるとシャワーからお湯が出なくなる。
物乞いもいる。物置のような扉すらない民家が立ち並んでいた。
日本で暮らしていて想像する貧しさとはけた違いだった。
旅慣れたつもりなど全くなかったけれどそこでの一つ一つの出来事が自分の暮らす国との違いを思い知ることになった。
地元の人が入るような食堂に入った時のことだ。
旅行者が来ると小銭目当てに子供たちが集まってくる。
食事の間中私たちをおとなしく見ていたが、店を出ようとしたときに女の子が腕に触ってきた。
私が落とした500円玉を拾ってくれたのだ。
拾ってくれたその子にはガイドがお菓子を渡していたが、店を出てから注意を受けた。
「日本人にとって500円は小銭かもしれないが、ここでは大金だ。拾った子供がとんでもないトラブルに巻き込まれることもある、気を付けてほしい」
500円でそんなことになるなんて思いもしなかった。ヒヤッとした。
トレッキングで山に入った時には、自分の背よりも高く薪を背負った女の子とすれ違った。
ニコニコしていたが背負っている薪の量と、それから「裸足」だったことに驚いた。
高い山ではないから雪は降らない、とはいえ季節は冬だ。しかも山道というのに薪を背負ったその女の子が裸足だということに強く衝撃を受けてしまった。まだ小学生くらいの小さな女の子だ。靴すら買ってもらえないのかと思うと、お手軽トレッキングを楽しむ自分たちがなんだか恥ずかしいような気持ちになった。
トレッキングで泊まる山小屋の周りを散策していると「お土産を買わないか」と声をかけられた。友人と2人、ついていこうとしたら、ガイドに止められた。
「強盗が出るんですよ。ついて行っちゃダメと言いましたよね」
穏やかな口調だったけど、目は笑っていなかった。
注意事項は頭にたたきこんだつもりだったのに、すっかり忘れていた。
また恥ずかしくなった。
エベレスト遊覧飛行は旅の終わりの大きなイベントだった。
あいにくの天候で飛行機が飛ぶかどうかはっきりせず、ずいぶん待たされることになった。
だからその小さな空港は、遊覧飛行を待つ旅行者で混み合っていた。
トイレに入るにも長い列ができている。
ようやく順番がきて扉を開けると、トイレのはずなのに便器がなかった。
コンクリートの床があるだけだ。その床にはうっすらとした溝があった。
後ろから「そこでするのよ。水は後から出てくるの」と教てくれる人がいた。
用を足したものがそのまま残ってしまうが、水は適当な間隔で流れるらしい。
だからとなりの個室と溝はつながっていて仕切りの板も下が開いていた。
入って扉を閉めたものの、その溝の部分にまたがるのはかなりの勇気が要った。
なんとかまたがったものの、トイレと思えない場所では出るものもなかなか出なかった。
絞り出すように用を足した。
ぐったりしてトイレを終えると天候は回復していて、無事ヒマラヤ遊覧飛行を楽しむことができた。
だけど雄大なヒマラヤ山脈の景色より、その溝のトイレの衝撃の方が私にとって大きかったらしい。
あれから二十数年経つが、溝のトイレを思い出すたび便器で用を足せる幸せをかみしめることになった。
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