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メディアグランプリ

恋する宮本武蔵


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:遠山 涼(天狼院・書塾)
 
宮本武蔵が剣術を学んだ道場は、どこにも存在しない。
最強の剣術を学ぶ場所に、武蔵は野山を選んだ。
木刀を手に道場で練習するのではなく、野生動物と本気の殺し合いをした。
その結果、実戦において間違いなく最強の剣術を身につけた武蔵は、伝説となった。
一方で、何のとりえもなく最強にはほど遠い私。
でも恋愛トークなら、きっと武蔵と話が合うと思っている。
 
「おい、今度合コンやるから、お前来るだろ?」
川田さんが何故か断定口調の質問を投げてくる。
「すいません、僕、彼女いるんで……。いつも誘っていただくのはありがたいんですけど」
予想通りに、川田さんはため息をつく。
「まったく、ダメだなあ、お前は」
ああ、また始まった。このあときっと、いや必ず、川田さんは乱暴な持論を押し付けてくる。
「なあ? 俺みたいに話し上手になりたいと思わないか?」
「はい……それは確かになりたいですけど」
そうとしか答えさせない質問に何の意味があるのだろうか? でもそんなことを問い返せば余計に面倒なことになってしまうので、私は黙って川田さんの持論を聞いた。家庭を持っている社員は皆とっくに帰ってしまった、残業中の未婚者ばかりが居残るオフィスで。
 
「いいか? 彼女がいるからって合コンに行かない、なんていう奴は三流だ。お前にはそんな奴になってほしくないんだよ。合コンではな、相手を楽しませるためのコミュニケーション力が磨かれるんだ。そうそう、いわゆる『コミュ力』ってやつだよ。だから合コンで場を盛り上げられるようなトークスキルがあれば、俺たちみたいな営業マンの仕事にも役立つってことだよ。分かるだろ?」
もう過去に何度も聞かされた内容だ。しかし今回はちょっとだけ言い返してみた。
「でも川田さん、それが目的じゃないですよね?」
「まあ、半分はな」
「いや半分以上、下心でしょ」
おいおいおいおい今なんとなくタメ口でしたよね?? と何故か嬉しそうな川田さんのリアクションが夜のオフィスに響く。
「もちろん女の子にモテたいって気持ちはあるよ? いざとなったら女の子と二人で抜け出して、どっか行っちゃうよ? でもさ、それの何が悪いんだ?」
「川田さんは関係ないでしょうけど、僕がそれやったら浮気になりますもん」
ぶはははは! と川田さんは豪快にツバを飛ばす。
「合コンでモテることができないような男が、自分の彼女を満足させられるかよ」
一瞬下ネタかと思ったが、よく考えたらそうでもなかった。
 
川田さんは営業マンとして、素晴らしい成績を毎年たたき出している。
その秘訣は抜群に長けたコミュニケーション力。取引先の担当者やその上司、さらには社長にまで、その懐に深く飛び込み、一気に距離を詰めて、あっという間に寵愛される。その類まれな才能はまさに『コミュニケーションの鬼』と呼ぶにふさわしい。うちの社内で他にマネできる者はいない。だから代えの利かない優秀な営業マンとして、会社からの待遇も良いみたいだ。
「合コンで磨かれた俺のコミュニケーションスキルを、その現場で直々に教えてやってもいいんだぜ?」
信じられないほど上から目線でモノを言ってくる川田さん。でもなぜか合コンではモテるらしい。結婚こそしていないものの、女性関係は途切れることなくかなり潤っているようだ。どうにも納得はいかないが。
「浮気の一つもできないような情けない男じゃ、そのうち彼女も他の色男に目移りしちゃうぞ?」
そんな無茶苦茶な……と思いつつ、どこか一理あるような気もして、僕はしばらく黙ってしまった。
 
正直いって、僕だって浮気に全く興味が無いと言えばそれはウソだ。
なんとなくイイなと思う女性と、なんとなくイイ感じになりそうなことも無いわけではない。
しかし、僕はこれまで浮気をしてこなかった。今の彼女と一緒にいる時だけじゃない。人生で、一度もだ。
そんな僕だから、分からないのかもしれない。
川田さんの言う通り、彼女がいるのに合コンに行くことや、出会ったばかりの女性と浮気をすることは、男として成長するためには少なからず必要なことなのかもしれない。
「川田さん、やっぱり僕も、合コン行ったり、浮気したりするべきなんでしょうかね?」
川田さんは、いじっていたスマホから視線を上げた。
「え? 何? 聞いてなかった。出会い系アプリやってた」
僕は川田さんにもう一度聞いてみる気にはなれなかった。しかしはっきりと気付いたのは、少なくとも川田さんのような男にはなりたくないと、僕がはっきりと思っているということだった。
 
川田さんの持論を信じてその通りに実行すれば、きっと川田さんのように優秀な営業マンに、そして女性関係にも困らないような色男になれるのかもしれない。きっと世の多くの男性が憧れるような要素を兼ね備える、魅力的な人間になれるはずだ。
でもそれは、残念ながら、僕がなりたい人物像ではなかった。
 
きっと川田さんから見れば、僕は情けない男に見えるはずだ。
一応彼女はいるけれど、男としての魅力は世間の他の男たちに負けていて、というか戦おうとすらしていなくて、いつ彼女を奪われてもおかしくないような弱っちぃ男。そんな風に僕は思われているかもしれない。
でも僕だって、実は戦っているのだ。しかもその相手は人ではない。
僕が浮気をしない理由。そんなのマジメに考えることは今まで一度も無かったけど、それが今わかった。
男なら誰もが飼いならすのに手こずっている猛獣のような欲望に、僕は戦いを挑み続けているんだ。
 
欲望という猛獣に喰い殺されて、男たちは性欲に突き動かされ、よく破滅に向かう。女性も同じかもしれない。
最近は喰い殺される人が特に多いような気がする。
芸能人のスキャンダルやそれを題材にしたドラマなどは後を絶たない。ひどい場合にはそれを公言したり、スキルアップ術として奨励されている場合もある。
いま、世の中は欲望に喰い殺されまくっているのではないだろうか?
 
そんな猛獣に、僕は戦いを挑む。決して屈せず、負けを認めるつもりは全くない。
たとえそれが男として魅力の薄い考え方だとしても、たとえ川田さんのような男から笑われたとしても、だ。
どっちかといえば僕は、そういう男をカッコいいと思ってしまう。
そういう男こそが、まさに最強の男なのだと僕は信じたいと思っている。
 
だから僕は浮気をしない。合コンも行かない。多分これから先、一生だ。
ふと魔が差したり、良からぬ知人に誘われたりしたら、そのときはやっつける。
獣のような欲望と戦う。
ああ、やっぱりそういうの、なんかストイックでカッコいい。そう思うのは僕だけじゃないはず。そう思わないか?
 
自分への戒めのために、あえて繰り返す。
僕は一生、浮気をしないし合コンにもいかない。
たとえそれが、彼女のためにならなかったとしても、だ。<終わり>
***

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2018-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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