メディアグランプリ

SNSは、中高年の夢と幻を乗せて。


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【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:伏見英敏(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「やっと見つけました、お元気ですか。フェイスブックをいじっているうちにあなたがどうしているか知りたくなって。相変わらず人の迷惑を顧みず、連絡してしまいました。面倒ならスルーしてもいいです。秋絵より」
 三カ月ほど前にメッセンジャーに懐かしい人からのメッセージが届いていた。秋絵とは、20年ほど前に大阪に赴任していた時に一時付き合っていた女だ。今思えば、これまで一番ひきつけられた相手でもあり、手ひどく捨てられてしまった相手でもある。
「秋絵ちゃん、見つけてくれてありがとう。僕も探してみたけど、当たり前だけどこれまで見つけられずにいました。旦那さまと幸せに暮らしてますか」
 反射的に返事を打ち返してしまった。
 
 秋絵は大阪支社の独身寮の近くのスナックで働いていた。大手電機メーカーに勤務しながら、週に3日「かずこ」という店に通って来ていた。若い女の子の多いお店だったが、「うふふっ」と愛くるしく笑う秋絵は、僕のハートを一瞬にしてわしづかみにした。
「月水金に出てるから必ず来てね。うふふっ」
 営業でお愛想しているのではない、他の野郎どもにはそうかもしれないが、俺には少なくとも憎からずの気持ちで言っていると信じていた。日中は普通の会社に勤めていて、朝も早いだろうに夜遅くまでアルバイトをしているには何かわけがあるはずだ。父親が早くに亡くなったとか、母親が病気がちだとか、兄弟姉妹がまだ小さくて教育費の面倒を見ているとか、いろんな妄想を思い浮かべながら月水金は、会社の先輩や同僚の誘いを振り切って、なるべく「かずこ」に顔を出した。
 
「秋絵ちゃん、今度京都に遊びに行こうよ。四条に美味しいイタリアンの店ができたんだってさ」
「そうね、うふふっ」
「秋絵ちゃん、浜坂にカニ食べに行かない」
「そうね、うふふっ」
「鞍馬の旅館の屋上に露天風呂があるんだって、男女別々だけど」
くしゃくしゃになったセブンスターの箱から煙草を1本取り出すと、秋絵は100円ライターで火をつけてくれながら
「そうね、ふうさんが禁煙してくれたら考えてもいいかな。とりあえず1カ月」
初めて前向きな反応をしてくれた秋絵の言葉に、僕はなんだかとてつもなく明るい未来を思い描いていた。その日から僕は禁煙を試みた。少なくとも「かずこ」の秋絵の前では煙草を吸わなかった。
 
約1か月後、僕は秋絵と京都の街でデートにたどり着いた。お店での衣装や濃い目の化粧と違って、秋絵はいたって地味ななりをしていた。その清楚な感じがまた良かった。手足が細いわりに胸が豊かで、なおさら僕の男心をかき乱してくれた。大阪と京都は近距離ではあるが、いつものホームタウンを離れた開放感からか、秋絵の方から手をつないできた。僕は有頂天になりながらもそれを押し隠して、平然としたそぶりをした。ただしつないだ手が汗ばんでくるのを気にしながら。
 
「もうお店には来ないで」
「えっ、どうしてさ」
その後毎夜のごとく携帯電話で連絡を取り合っていたのだが、ある日秋絵はそう切り出した。なにか気に入らないことでも口走ってしまったのだろうか。
「ふうさんは、ウチに逢いに来てるんやろ」
「そうだよ、それ以外の理由なんてないよ」
心の鎧を脱がされるように本音が出る。
「だったらもったいないから来ないで良いよ。よそで会おう」
男はおそらくみなこういう言葉に徹底的に弱い。
「今度の休みにさ、お弁当を持ってドライブにいかへん」
こう誘われたらどんなハニートラップが待っていようと断れない。
 
秋絵が運転してきた車でどこをどう走ったか覚えていないが、紅葉の始まった万博公園で大きなおにぎりを食べた。秋絵の運転でドライブしている最中にラブホが散在する地域に通りかかった。
「寄っていくかい」
と戯れに誘うと無言で小さくしかしはっきりと頷いた。
「でもここからはふうさんが運転して。ウチ、自分では入りきらん」
これもまた秋絵の「手」なのであろうか。瞬く間に僕は身も心も彼女に溺れてしまった。
 
出会って半年余りしか経っていなかったが、クリスマスイブにプロポーズしようと心に決めた。
 
「京都のホテル取ったよ。イブの夜はそこで過ごそう」
「えー、ありがとう。嬉しいわ。でも、ウチその日あかんねん」
申し訳なさそうにしながらも声の調子は明るい。
「どうしてさ。車を運転しなくていいんだから秋絵ちゃんもゆっくり飲もうよ」
「でもその日はさ、半年ぶりに旦那が航海から戻ってくんねん」
「はあ?」
 
今では二人共立派な中高年である。会いたいようでもあり老けた顔を見たくないようでもある。SNSのプロフィール写真は小さくてわからない。インターネットに乗ってあの小悪魔が「うふふっ」と微笑みながら帰ってきた。あの旦那は今でも航海を続けているのだろうか。
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2018-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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