メディアグランプリ

そこのばあちゃん! 目ェ見えてへんのんか!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:戸田 奏(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
駅のホームに怒鳴り声が響いた。
当時中学生だった私は、絶対に巻き込まれなくない一心で、振り返らずホームを早足で去ろうとした。なぜなら、この声の主をよく知っていたからだ。
 
声の主は、同じクラスの「橋本君(仮名)」だった。
橋本君は、クラス一、いや、学校一、筋金入りの不良少年だったのだ。
 
 
 
当時私が通っていた中学校はとても荒れており、先生と不良達が毎日殴り合いの喧嘩をしていた。窓ガラスはしょっちゅう割れていたし、廊下や中庭で改造バイクが走り回っていた。その凄まじさは、「若い新任の女性教師は、危ないから配属させないらしい」と噂が立つほどだった。
 
そんな不良達の中でも、橋本君はリーダー格の存在だった。
いつも先生に向かって「殺すぞ!」と啖呵を切っていたし、先生達との喧嘩の時は、いつも中心にいて殴り合いをしていた。学校の外でも、暴力沙汰で何度も補導されていた。
当然橋本君は、クラスになんかほとんど来ないのだが、時々現れ席に座っている時があった。でも、もちろん授業を聞きになんて来ていない。机の上に足を投げ出し、携帯電話で大声で誰か仲間と通話し、そのうちに勝手に出ていく。
 
こんな振る舞いをしていても、怖くて注意できない先生がいるほど、彼の醸し出す雰囲気は恐ろしかった。クラスにいるときの橋本君は、いつも何かに怒っているかのように、前の席の子をいきなり小突いたり、机や椅子を蹴り飛ばしたりしていた。
橋本君が来た日は、クラスに何とも言えない緊張感が漂っていたし、橋本君がいなくなると、一気に解放されたような気分になった。
 
このように、いつ何をしてくるのか分からない彼のことを、当然クラス全員が怖がっていた。もちろん私もその一人だった。
 
 
この日は塾の帰りで、夜遅くの電車に乗っていた。
私の地元は関西地方の田舎で、二つしか車両がないローカル線路があった。私はこれを使って塾に通っていた。
これだけ短い電車だと、隣の車両に橋本君とその仲間たちが騒ぎながら乗っていることに気づかざるを得ない。私は冷や汗をかきながら、どうか私に気づかないでほしい、降りる駅が同じでないでほしいと思いながら、降りる駅が近づいてくるのを待っていた。
 
しかし、悪い予感が的中し、私の降りる駅と不良達の降りる駅は同じだった。(今思えば、小さい町で中学が同じなら、降りる駅はだいたい同じになるので当たり前なのだが)
駅に降りたのは、私、不良達、数人の社会人、白杖をついたおばあちゃんだった。
 
幸い、私の乗っていた車両のほうが改札に近かった。このままさっさと改札を抜けてしまおう、そう思って早歩きを始めたその時、
 
「そこのばあちゃん!目ェ見えてへんのんか!」
 
橋本君の怒鳴り声がした。
次に、白杖をついたおばあちゃんが、小さい声で何か喋った。
 
きっとおばあちゃんが橋本君にぶつかり、絡まれてしまったのだ。私は突然の橋本君の怒鳴り声にびっくりして、振り返ることもできずにこう想像した。
そして私は、今思うととても薄情な行動だが、橋本君達に関わりたくない一心で、その場を早く立ち去ろうとした。
 
しかし、次の瞬間、私が聞いた言葉は予想外のものだった。
 
「おい、お前はよ改札出て、タクシー一台捕まえてこいや」
「ばあちゃん、ここ掴み。お前、杖持ったれや」
 
橋本君が、仲間にそう指示したのだった。
 
私は、早足になっていた歩調を少し緩めた。
橋本君に指示された仲間の一人が、私を追い越して改札を出て、タクシーを探しにロータリーへ走っていった。
 
私はもっと歩調を遅くした。
数秒後、橋本君とその仲間が私の横を通り過ぎていった。その時私が見たものは、おばあちゃんに仲間の服を握らせ、仲間に杖を持たせ、その後ろを歩く橋本君の姿だった。
「そこのばあちゃん!目ェ見えてへんのんか!」という怒鳴り声は、おばあちゃんに絡んでいるのではなく、単に白杖をついているおばあちゃんを見て、「目が見えないのか」と聞いただけのようだった。
 
おばあちゃんを囲んだ長ランの一団は、改札を出て、仲間に捕まえさせておいたタクシーにおばあちゃんを乗せた。おばあちゃんは何度も頭を下げていた。
手を振るわけでもなく、笑顔を見せるわけでもなく、橋本君たちはすぐにその場を離れ、大声で騒ぎながらどこかへ行った。タクシーを見送ることもしなかった。
彼らの行動は、まるで「道の落ちていた空き缶を、近くのくずかごに入れる」のように自然で、気負ったものがなかった。
 
私は立ち止まって眺めるわけにもいかず、横目でこっそり見ながらできるだけゆっくり歩いていた。でも、自分が見た光景と、普段の橋本君のイメージがあまりにもかけ離れていたので、とても混乱していた。
おばあちゃんが橋本君に何を言ったのかは分からない。目が見えていないので不良グループだと分からずに「タクシー乗り場はどこですか」などと、何気なく聞いたのかも知れない。
でも橋本君は、おばあちゃんより先に「そこのばあちゃん! 目ェ見えてへんのんか!」と話しかけていた。
橋本君は、最初からおばあちゃんを助けるつもりだったのだ。
 
 
 
私はこの時の話を誰にもしなかった。信じてもらえるか分からないと思ったからだ。相変わらず橋本君は不良だったし、いつしか学校にも来なくなっていった。
しかし私の中で橋本君に対する恐怖心は、少し和らいだものに変わっていた。
 
十年以上たった今、私は橋本君がどうしているのか全く知らない。
この時おばあちゃんを自然に助けた真っすぐさを失わず、どこかでパパにでもなっているのだろうか。元気でやっていてほしいと思う。
いつかまた会えたらこの時のことを聞いてみたいと考えているが……。
きっと、覚えてないと言われる気がする。

 
 
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2018-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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