英語はアクセサリー
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記事:なかむら(ライティング・ゼミ日曜コース)
「私、英語が得意じゃないんです。本当にしゃべれないんです」
「けどTOEIC600点もあるじゃない。大丈夫だよ。今回は、あなたにお願いしようと思います」
「え、でも、私1人で4日間もですよね? 現地販売店となんか会議できないですよ。販売店からの要望をヒアリングしなくちゃいけないんですよね?」
「会議に出席する日本人は、君1人だけではないんだ。ロンドン支社の日本人駐在員も2人参加してもらうから。大丈夫だって。引き受けてくれるね?」
私は、嬉しさと憂鬱さが混じった心境だった。しかし、嬉しさが少しだけ上回り、上司の提案を受け入れることにした。人生初の海外出張が決まった瞬間だ。
海外出張なんて、めったにない。会社のお金で海外に行けるなんて、人によっては大喜びなのだろう。だが、私は違った。憂鬱だった。英語への苦手意識が強すぎて、とてもじゃないが業務を遂行できる気がしなかったからだ。
私は、日本生まれ、日本育ちの純ジャパニーズ。日本の英語教育を受けてきて、手に入れた武器は英検2級とTOEIC600点。この武器だけでは、どう考えても、バリバリのNative English speakerたちと戦えるはずがなかった。ロールプレイングゲームで例えると、ヒノキの棒と革の盾という最弱の装備でボス戦に挑むようなものだ。戦く前から勝てないことはわかっていた。
そんなことを言っていても、戦いの日は近づいてくる。事前に、会議で話す内容、プレゼン資料に表示される英語は確認した。発音の練習もした。やれることはやったという事実が、不安を少しだけ解消してくれた。
ロンドンに飛び立つ当日。空港に着いて、最後のシミュレーションを行う。空港の書店で、「役に立つ英会話集」というテーマの本を1冊、衝動買いした。
ロンドンの空港に到着した後、入国審査での会話、タクシーの乗り方、ホテルでのチェックインなど、あらゆる場面を想定して準備した。
さらに飛行機の中では、会議本番のシミュレーションを敢行した。その中で、ある名案を思いついた。
「どうせ、俺の英語のレベルだと、自分が言いたいことも上手く伝えられないだろう。相手の話も聞き取れないだろう。だったら、最初から、宣言してしまおう」
“私は英語が得意ではありません。あなたが話すときはゆっくり話してもらえると助かります”
最初に、こう宣言すれば、少しは相手が気を使ってくれるだろうと期待したのだ。
私は、最後の最後に、飛行機の中で名案を思いつき、心は少しだけ弾んだ。
早速、手持ちのスマートフォンの辞書アプリで調べながら英訳作業にとりかかった。
Sorry, I can’t speak English very well. I will appreciate it if you could speak English slowly.
すこしへりくだった表現で、より丁寧さが増すような表現を選んでみた。会議の最初に、このフレーズを言えば、少しは状況が良くなるだろう。ヒノキの棒と革の盾に加えて、革の鎧を手に入れた感じだ。私は、すこし安堵して、残りのフライト時間を睡眠に充てた。
ロンドンに到着した後も、シミュレーションの甲斐もあり、大きなトラブルもなく、ホテルのチェックインまでたどり着けた。
翌日。ロンドン支社に赴き、早速、出張の目的である会議がスタートする。
ヒノキの棒、革の盾、革の鎧を身に着けた私は、会議の冒頭で、意気揚々と、準備したフレーズを相手にかましてやった。
Sorry, I can’t speak English very well. I will appreciate it if you could speak English slowly.
すると、全く想像していなかったリアクションが返ってきた。
現地人たちは皆、怪訝そうな表情をしていた。
どうやら、失敗したようだった。
幸先いいスタートのために考え出したフレーズが原因で、スタートからつまずく。もう、何が何だかわからなかった。そのあとの会議の内容は、よく覚えていない。
その晩、現地人を含めた懇親会があった。会議のこともあったので、もう英語を話すのは嫌だと思ったが、行かないわけにはいかなかった。
宴もそこそこに盛り上がる中、隣に座っていた40歳くらいのパキスタン人が私に話かけてきた。ロンドンには、イギリス人以外にも移民も多く、特にインド人やパキスタン人はたくさんいるのだ。
「今日の会議の冒頭で、英語ができない、って言っていただろう? なんであんなことを言ったんだ?」
「英語に自信がないからですよ。日本でも英語は勉強するのだけど、実践的な英語は全然身につかなくて。特に、話すことと聞くことは苦手なんです」
「今、そうやって英語を話せているじゃないか。なぜ、謝るんだ。英語を話せないからといって、君が謝る必要は全くない。それに、日本人には、日本語という素晴らしい母国語があるじゃないか。パキスタンでは、いろんな歴史的な背景があって、英語を話さざるを得ないけど、望んだ結果ではない。本当だったら、パキスタンの母国語をしゃべりたい。日本人が日本語で仕事や生活できていることを誇りに思うべきだ」
パキスタン訛りの彼の英語を完全に聞き取れたわけではないが、最後のフレーズは聞き取れた。そして、今でも忘れられない。
Be yourself.
直訳すると、「自分らしくいろ、自然体でいろ」などだろうか。
彼が私に伝えたかったのは、「英語を流暢に話せることが素晴らしいことではない。大事なのは、何語を話すかではなく、その人がどう自分と向き合ってきて、どんな言葉を紡ぎだしてきたかである。そして、自分の言葉に誇りを持って堂々と発言せよ」ということだろう。
英語は、ただのファッションとしてのアクセサリーの1つに過ぎない。本人が美しければ、アクセサリーなんて必要ない。自分の言葉で勝負すればよい。
私は、ロンドン出張を終えて、今までよりも日本が好きになった。そして、日本語が好きになった。もっともっと素晴らしい日本語を話し、書き、伝えていきたいと思えるようになった。
出張の目的を果たせたかどうかはわからないが、もっと大事なことを学んで帰ってきた初めての海外出張だった。
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