みんなホームレス
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【9月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:崎山潤一郎(ライティング・ゼミ平日コース)
「声をかけていただくと疲れが吹き飛びます」
オザキさんのお仕事は雑誌ビッグイシューの販売。関東では一番早く、2003年からビッグイシュー販売を始めた方です。生活保護を受給しながら自立を目指す68歳でホームレスの男性です。
みずほ銀行池袋駅前支店の横の路地に立ち、雨の日も、風の日も、雪の日も、その手に350円のビッグイシューを3冊、顔の高さまで上げて6時間ほど販売されています。オザキさんにとっては猛暑が厳しかった15回目の夏が、まもなく終わろうとしています。
ビッグイシューとは、ホームレスの方が社会的に自立できるよう応援する世界的な雑誌販売システムで、日本版の販売価格は350円、そのうちの180円が路上で販売する方の収入になります。
先週、オザキさんから嬉しいニュースを聞きました。これまでなかなか実現できなかったお風呂のある賃貸アパートへの入居ができそうだということでした。うまくいけば9月から自分のホームができることになります。
私がオザキさんを知ったのはつい最近、2018年の春です。みずほ銀行の、正面ではない路地側の出入り口から外へ出たときに見えたのがビッグイシューを販売するオザキさんと、オザキさんから購入したであろうビッグイシューを手にした、仕事ができそうなパリッとした一人の女性でした。その女性はオザキさんの販売の邪魔にならないよう横に立って親しそうに話しをしていました。そのお二人のツーショットがとても印象的でしばらくの間、私の記憶に残っていました。
私が週1だけ授業をした予備校が渋谷宮益坂上にあって青山通りと美竹通りの交差点でたびたびビッグイシューを買い求めていました。ビッグイシューがどのような雑誌かは知っていました。しかしながら、池袋で見たような販売員の方と親しくお話をするという発想はなくて、女性と販売員の方のツーショットがなんだかとってもいいなあと思っていました。私も池袋ではあの販売員の方からビッグイシューを買いたいなって思っていました。
数日後、みずほ銀行で用事を済ませて、横の路地の出口を出ると、あの販売員の方がいらっしゃいました。
「1部お願いします」と声をおかけしました。お釣りのないようぴったり350円をその方の掌にお渡ししながら天気のお話をしました。
「今日は雨じゃなくて良かったですね」
「はい、雨が降ったら地下で避難してるんです」
とても優しい話し方をする方でした。
ビッグイシューを受け取って、少し図々しかったのですが天候のお話を続けさせていただきました。facebookもやってらっしゃるとのことで、友達申請させてください、とお願いして別れました。
偽善者の常套句になってしまうのかもしれませんが、恵まれない方に、親切や施しをしようなどと考えているわけではありません。これは確かな事実なのですが、オザキさんに会うと自分の内面に積もったアカが剥がれてゆくような気がします。そんな気持ちにさせてくれる人は、今の私にとってオザキさんだけです。幅広い年代の特に女性のお客さんが多いのはよくわかります。
オザキさんをきっかけに、そもそもホームってなにか、考えるようになりました。 家、家庭、故郷、駅、母校、地元、職場、施設、病院、行きつけの店、帰る場所、家族、同級生、友達、恋人。どれもこれも、いつ失うことがあっても不思議はないものばかり。失ったとたん、プチホームレス状態、といったら少々大げさかもしれませんが、ホームを失うことは誰でも避けられないことではないか、などと思います。
何らかの替えの利かないホームを、私たちは誰でもある日、突然、失ってしまうことがありえます。私は20年前、事業を立ち上げたばかりの時、文字通りのホームレスになる覚悟を決めたことがありました。創業して6か月でスポンサーが手を引いたときでした。幸い、借金がそれほど膨大ではなかったために何とか致命傷は避けられましたが、あれは運がよかっただけだと確信があります。別な目が出ていたら、離婚も家族解散もありえました。人として最悪の想像もしなかったわけではありません。ある日突然、一文無しとなりホームを失う悪夢がよぎることは、零細企業経営者あるあるなのです。
オザキさんがかつて失ったのは、新聞専売所での仕事だったそうです。遊び呆けた経営者によって給与が未払いとなり生活できなくなったとのこと、世の中にわりとよくありそうなことです。仕事を失うことは誰にでもありえます。たった1度の病気や事故でホームレス状態になりかねません。絶望し、自死を考えるようになるまで追い詰められる事態になったら、どうしたらいいのでしょうか。ヒントがひとつ降りてきました。消えかかった蝋燭の炎のような命になってしまったとき、オザキさんならこういうとき何て言うかな、などと想像すると三途の川の手前のところで救われることもあるのではないかな、と勝手に、そう思うのです。
身寄りのない人がアパートを借りることの難しさを先日、オザキさんに教わりました。保証人の問題ではなく、病気や死亡の際に連絡がとれる人がいない賃借人を家主が嫌うのだそうです。オザキさんは保証人には困っていませんでした。オザキさんの保証人になってもいい、というお客さんがいるそうです。オザキさんの人柄から、そういう人がいるのはよくわかります。しかし、身寄りがないのは個人ではどうにもなりません。高齢になって、持ち家がなく、身寄りがなくなってしまったら、賃貸アパートが借りられないのがこの社会。一方、国のサポートを受けながら自立を目指すオザキさんのようにアパートの契約がどうにかできるのもこの社会。社会のさまざまな光と陰をすべて運命として受け入れ、この社会のおかげさまでと感謝しながら、お客さんの役に立ちたいと、今日も池袋の街角に立ってビッグイシューを販売するオザキさんの存在そのものが今の私には替えの利かないホームになりつつあります。
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