メディアグランプリ

「おじさん、そこどいて、私がすわるの」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:関 伸夫(ライティング・ゼミ平日コース)
 
今だったらわかる。
でもその時はオヤジの言い分はしごくもっともだと思った。
 
「おじさん、そこどいて、私がすわるの」と言われたと80歳をまわったオヤジが帰ってくるなりプンプン怒ってバスの中の出来ごとを語った。
もう20年も前のできごとであるが、小学校低学年と思われる女の子がバスに乗ってくるなり、座っていたオヤジのところに来て言ったそうだ。
 
「もうびっくりしてな~、最初は何を言われているのかわからなかった。他に空いている席が無かったわけでもないのに……でもこの小さな子に言ってもしょうがないから一緒にいた母親に『もう少し口のきき方を気をつけさせた方がいいんじゃないか』と言ったけどそっぽ向いて知らんふりだった。ああいう親だからああいう子どもになるんだろう。情けない」
 
それを聞いた瞬間、私の頭に小学生の自分が西武バスに乗ったとき、一番後ろの席に飛んでいって座り、隣りの席まで手を拡げて、「おかあさん、ここがあいてるよ」と言った時の映像がフルカラーでよみがえった。
 
そのとき、つかつかと歩いてきた母親がすごい形相で、「座っているお前がかわるなら座るけど、2度とそんなまねはするな!!」と他の乗客がいる前でこっぴどく叱られたのだ。
何十年たっても昨日のことにように思い出すのでよほどショックだったんだろう。
 
子どもを育てる責任は親にある。
 
オヤジがバスの中の出来事を語った当時、私は会社で社員教育を担当していたので、このことは私にとっていい題材となり、「こういう親に育てられた子どもはかわいそうだ。最近は子どもが席を確保すると『よかったわね』と当然のように座る親がいるし、座れないと『あんたがぐずぐずしているから座れなかったじゃない!』と文句を言う親がいる。何かあると学校が悪いとかいう親もいるが、勉強に関する知識と集団での行動を学校に委託しているだけで育成の責任は親にある。
同じように部下を育てる責任は上司にある」と私が母親に叱られた経験も含めてマネージャーの研修で教えていた。
 
でも今ならわかる。
 
年とったオヤジに、「そこどいて、私が座るの」と言った女の子の気持ち。
 
そんな、「子どもの育て方」なんていうことではなかった。
 
その子にとってはバスの中でただ一カ所、その席だけが安心できる場所だった。
そこにすわれないと不安で仕方がなかったのだ。
そしてそのことを説明することもできなかったのだ。
母親も説明するのに疲れていたのかもしれない。
バスに乗っている間、つらかっただろうな~
 
その頃の私は人の多様性や障がいについて何の知識もなく、〝普通でない子ども〟のことはまったく理解していなかった。
 
でもあるきっかけから障がい者の施設に泊まりこんで一緒に作業をさせてもらい教わった通りにやっていたつもりなのに知的障がいのおじさんから「ダメ、そんないいかげんじゃ!」と怒られたり、毎週、重度の障がい者の施設でボランティアをするようになって身体や表情が自由にならない人たちとコミュニケーションをとる苦労と喜びを味わったり、会社でも色覚障がい者への対応の仕事をするようになっていかに今まで見にくい資料をたくさん作っていたかに気づかされたり、そのつど目からうろこが何枚も落ちた。
 
そしてうろこが落ちて、知らなかった世界が拡がるにつれて今まで目は向いていても意識が向いていなかった人たちが視野に入ってきた。
 
白杖をついている人には、「何かお手伝いができますか?」と声をかけてガイドさせてもらい、車いすの人が段差を乗り越えるのに苦労しているときには、「押してもいいですか?」と手伝わせてもらい、食事の場所では、「車いすのままがいいですか? 椅子に移られますか?」と聞き、盲導犬を連れている人には、「空いている席を案内してもいいですか?」などなど……
 
さらに障がいのある人たちばかりでなく高齢の人には手をさしのべ、電車でマタニティマークが目に入ったときは、「すわりませんか?」と声をかけ……というように困っているかもしれない人たちへの声かけが普通にできるようになって、そろそろ高齢者の仲間入りをしている年令なのに、「どうやったら人の役にたつか?」と考えている自分に気づく。
 
これは楽しい。
 
最近LGBTが某議員の発言から話題になっているが、実際にI社の朝礼であった話しも面白い。
「女性になって戻ってまいりました~」
パチパチパチ……
その日からトイレが女性用にかわる。
 
本当に人の多様性はすばらしい。
 
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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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