劣等感が生まれる瞬間を見てしまった時に、私にできること
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記事:飯田峰空(ライティング・ゼミ木曜コース)
緊急事態が起こった。
4歳になる姪っ子が、幼稚園に行きたくないと言い出した。入園から6ヶ月間、「幼稚園大好き」と言っていたじゃないか。いじめなのか、敵は誰なのか。心がざわついた。
原因は、運動会の練習らしい。
年少さん全員で踊るダンスで、右まわりと左まわりがうまく出来ず、みんなとは違う方向に回ってしまう。そこまではよくある話なのだが、ここからが彼女の心をえぐった。どうやら練習の時間に全員の前で「A子ちゃんだけ、右まわりができませんでした」と先生に名指しで注意されたのだと言う。
大人の私だって、右・左と突然言われたら間違えずにできる自信がない。4歳の子で、他の振り付けも踊りながらで、完璧にできるわけがない。幼稚園の運動会なんて、きちんと並ばないし、静かにしないし、泣いている子もいるようなカオスじゃないのか。
たとえできなかったとしても、一生懸命よくできました、で笑ってOKにしてはいけないのか? みんなの目の前で吊るし上げる必要がどこにあるのか? とんだモンスター幼稚園だなと、殴り込みに行かんばかりの勢いでいたが、私の立場はたかが叔母。このままでは、こちらがモンスター叔母になってしまう。ここはひとつ落ち着いて、私にできることをしようと思った。
子供が、大人から低い評価を受けた時、その言葉がそのまま劣等感・コンプレックスになることがある。叱責の言葉は、バレーボールだ。レシーブに失敗してコートに叩きつけられたボールは、バウンドをしながらあらぬ方向に向かう。子供の心というコートにぶつけられた叱責は、何度も繰り返しその子の心に響いてしまう。
バレーボールが子供の心でバウンドしないように、大人にはやるべきことがある。それは、ボールをレシーブして、その言葉を打ち返すことだ。それは、言われた言葉に抗議や反論をすることではない。別の角度からの褒め言葉で、叱責の言葉をかき消すのだ。私はあることをきっかけに、それを思い知った。
私は、書道家の仕事としてワークショップを行っている。ある日、書き初めのワークショップに、小学校3年生の女の子が参加した。その子は鉛筆でも筆でも強く持って書く癖があった。一緒に来たお母さんが「この子、字が汚いんです。筆を太く持つから、いつも墨で文字が潰れてしまうんです」と、始める前から私に言ってきた。その子の目の前で、その子をたしなめるように言う口調だった。
誰よりも自分のことを知っているお母さんから、苦手なところを告げられる。しかも、できない子として第三者に紹介されているのだから、できないを念押しされているかのようだ。子供にとって十分ショックだろう。
この言葉が子供の心に残ってしまっては、今後、文字を書くことに対して劣等感を持ってしまう。そう思った私はその子に、「君は線質がいいね、こんなに太く書ける子はなかなかいないよ」と言った。
線質とははっきりした定義はない感覚的な言葉で、ブレのないまっすぐな線や、抑揚やメリハリのある線を指す書道用語だ。普段の生活ではまず耳にしない。その子の耳には、『セ・ン・シ・ツ……?』と聞こえただろう。そんな大人でも理解しにくい言葉を投げかけて、果たしてちゃんと伝わっただろうか、と疑問に思いながらもその日は終わった。
それから2年後、小学5年生になったその子に再会した。
スケジュール帳に凝っているその子に、自慢のスケジュール帳を見せてもらった。一枚一枚文字の大きさや雰囲気を変えて書いているところを褒めたらその子が言った。
「私の字は線質がいいから、字を書くのが好きなんだ」と。
次は私の方が、『セ・ン・シ・ツ……?』となった。その子の口から線質の言葉を聞いたことにびっくりした。と同時に、マイナスな言葉を私が塗り替えられたこと、そして字を書くのが好きと言ってくれたことが猛烈に嬉しかった。この日を境に、劣等感が生まれる瞬間を見てしまった時、私はマイナスの言葉を打ち返すレシーブをしよう。そう心に決めた。
さて、先日、姪っ子の運動会が本番を迎えた。
先生にはダメだと言われようが、家族全員でかわいいかわいいと言い続けた結果、姪っ子はちゃんとみんなと同じ方向にまわった。しかし、みんなより回転が一回多かった。振り付けも他の子より1テンポ早かった。けれど、そこには終始笑顔の姪っ子がいた。
レシーブがうまくいったのか、姪っ子が強靭な心を持っているのかはわからない。とにかく、劣等感が生まれなくて良かった!
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