クリーニング屋で心の洗濯
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ナンシーちゃむ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「初めて来たんですが、大丈夫ですか……?」
私は地元の駅から少しだけ離れたクリーニング屋の前で、店内を覗きながら店主のおばちゃんに話しかけた。
「はい、どうぞ!」
と、元気な声で返事が来る。その声にほっとする。
一見さんお断り、なんてことがたまにある料亭ならいざ知らず、クリーニング屋なのだから、初めてだからといって断られることなんてほぼある訳ないのだが、私のその常識を揺さぶるくらいには、小さい店舗に所狭しと衣類が掛けてある。ハリーポッターか何かの映画で見た、魔法雑貨のお店を彷彿とさせる、不思議な空間だ。
正直、私はそのお店を利用する気など、一ミリもなかったのだ。いつも行っているチェーンのクリーニング屋に行くつもりだったが、店内は真っ暗。10秒ほど考えて、「あ、祝日か……」と気づいた。
人が「通うお店」というものは、2つに分かれるものだ。自分のことを認識してもらいたいお店とそうでないお店、である。例えば、コンビニ。店員さんに自分が自分として認識されてしまうと、なんだか居心地が悪いものではないか。少なくとも私はそうだ。自宅から最も近いコンビニの店員さんに顔を覚えられたときは、すっぴんで行けなくなるし、深夜に高カロリーなものを買えなくなるし、散々だった思い出がある。クリーニング屋は、コンビニほど行く頻度が高くないからまだよいが、それでも事務的に淡々とやってもらえればよいタイプのお店であると私は認識している。
いつも行っているチェーン店のクリーニング屋は、淡々としたタイプのお店で、出来上がりが遅いような気もしていたけど、そこが気に入っていた。そんな私からすると、目の前のクリーニング屋はちょっと遠慮したい店構えなのだが、かなりの量の衣類を担いできてしまったし、家に戻る時間もない。諦めて、お店に入ることにした。
外から見ている印象以上に、中は衣類でぎゅうぎゅうで、狭さに驚きを隠せない。
「すみません、結構量があるんですけど……」
といって、私は1枚ずつ衣服を出していく。急いでもいるし、早く確認してほしい。
「あら、もしかして、春に着たものを今出そうというつもり…かしら?」
とおばちゃんに聞かれ、ぎくっとする。
「いや~……あはは。全部ではないんですけどね……」
図星だった。1着のドレスを除いて。おばちゃんはドレスに目を配る。
「あら、これは最近着たのかしら? 礼服用のクリーニングもあって、期間が長くかかるけど……でもすぐ着るのかしら? 通常のクリーニングで大丈夫?」
そう。最近着たし、すぐ着るのだ。また図星である。
「はい、通常のクリーニングでお願いします」
と、用件だけに回答をする。早く終えたい。
でもこの後もおばちゃんは絶好調だ。
「このスカート、混合素材ですごく難しいわよ。スカートのプリーツは洗濯するほど消えると思った方がいいわね。買い物する時はタグを見て。でも、とってもかわいいスカートね」
余計なお世話だよ! と心の中でつぶやく。でも確かに、洗いづらそうだなと思ったけど、どうしてもかわいいと思って、買ってしまったのだ。
「このトレンチコートは、シミもすごいし、ショルダーバックの色が移っちゃってるわね」
……そうなのだ。劣化もひどいし、もうかなり長く着ているから、捨てようかなとも思っていた。クリーニングのプロから見ても、そうなのだったら、しょうがないか。でも……
「形もかわいいし、気に入って着ていたのね」
そう。そうなんだ。だから、諦めきれずに、持ってきてしまった。
そういえば、私が小学生の頃に住んでいた家のすぐ近くに、クリーニング屋があった。そこのおばちゃんは本当に私に良くしてくれて、営業時間中に行ってもいつでも明るく迎えて、お菓子をくれた。家の鍵を忘れて締め出されてしまった時には、親が帰ってくるまで居ていいよといって、家に通してくれた。最近は家の鍵を忘れるといったことはないけれど、私はともすると「自分の日常生活を営む」ことを忘れがちだ。まぁずぼらなだけなのだが、大人になると責任を果たすことや、期待に応えることを優先して、自分の足元の生活が最低限になってしまう。自分を大事にすることを忘れてしまう。だから私が大事にしている服を、大事に扱ってくれることは、とても嬉しい。
ドライクリーニングばりにドライに対応してくれればいいかなと思っていたけれど、幼い時も、今も、なんだかんだ言って私の心に安心を与えてくれるクリーニング屋。まさに「心の洗濯屋」なのだ。
「さてと、全部2、3日で出来るから!」
お、いつものチェーン店より随分早く出来上がるみたい。初めて利用したから、仕上がりは気にはなるけれど、私の心はなんだかとても温かくなっていた。
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