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横浜市民による横浜市民のための横浜の本


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記事:木野 トマト(ライティング・ゼミ特講)
 
 
横浜市民。
かのマツコ・デラックスさんが目の敵にすることで有名であり、さまざまな伝説を生む人々である。いわく「横浜を一番だと思っている」「プライドが高い」「出身を聞かれたら絶対に神奈川と答えない」「相手が横浜と答えた瞬間にローカルトークが始まり、必ず共通点を見つけ出す」「多摩川は仕方なく越える」「埼玉と千葉に引っ越すことになったら都落ち」などなど東の横浜、西の神戸もかくやという逸話のオンパレードである。
そんな横浜市民にしかオススメ出来ない本がある。その名も横浜大戦争である。横浜の書店ではどこでも見かけるが、横浜以外ではほとんど見かけないあたりに横浜の気質が良く表れている。
かつて栄華を極めた小田原の大神、鎌倉の大神と会食をしていた横浜の大神が挑発に乗って、ヨコハマナンバーワン土地神を決めるために戦争して潰しあえ! と突然命令し、横浜18区の土地神様同士で戦うところから話が始まる。史実に基づいて設定がされているので戸塚の神、栄の神、泉の神の三姉妹であったり、保土ヶ谷の神、旭の神が兄弟という設定だったり、港北の神と緑の神、青葉の神と都筑の神で「港北一家」になっていたりする。この戸塚三姉妹と保土ヶ谷兄弟がバトルを始めたり、港北一家が家族喧嘩を始めてしまうのだ。また横浜の花形地域である中区と西区の姉弟もとても仲が良いはずなのに、一番になりたい西区の神を最強の中区の神が止めようと争ったりする。神様も神様が持つ神器もとてもよくその場所の特性を表していて読んでいて面白い。私は金沢区に実家があり、港南区と中区と鶴見区と青葉区に住んだことがあるので、どうしても自分の知っている区を応援してしまうのだ。
また、ドリームランド跡地やこどもの国など、横浜市民にはおなじみの場所が戦いの場所になるので、思わずニヤニヤしてしまう。次はどんな場所が舞台になるのかも含めて、そして自分のかつての記憶と照らし合わせながら読んでいくことが出来るので、二度楽しむことが出来るのだ。
そしてネタバレになってしまうから詳細を避けるが、横浜市民からしたら「そうなるのか!」という結末で幕を閉じる。全く持ってこの作者は横浜市民を、区の間に意識的、無意識的に流れるヒエラルキーをよくわかっていらっしゃる。
この本を読んで、「例えば川崎市などで同じような設定の話が作れるか」と考えた時に、出来ないことはないと思うのだ。川崎駅周辺と武蔵小杉駅周辺では同じ川崎市でもだいぶ雰囲気が違うだろうし、区それぞれの個性があるから作れないことはないと思う。しかし、たまたま会った人と出身の話になり「川崎です」「私もですよ! 川崎のどこですか?」「武蔵小杉なんですよ」「あぁ、私は川崎駅のあたりです」で終わるのに対して、横浜市民は絶対に会話を諦めない。「横浜ですよ」「私もですよ! 横浜のどこですか?」「私は八景島シーパラダイスの近くです」「あぁ、私はたまプラーザなんですけど、でも八景島の近くだったら中学校の時の○○先輩がいて……」という風に必ずどんなに住んだことのない地域であっても、話題を結び付けてくる。必ず、だ。そしてずっと横浜トークで盛り上がることが出来る。もはや横浜市民だとわかった段階で、どんな区の話が来てもどんと来いと準備していて、それを元に会話のラリーを続けるのが当たり前なのだ。この感覚は横浜以外の人にはないらしい。これはとてつもなく大きな規模の「身内感」である。高校で同じクラスになった人が「○○中出身」とか「中学で○○部だったらしいよ」と聞くだけで一気に親しくなった気になることに似ている。「身内感」が横浜全体に起こり、あの区は○○だから△△だよなという共通意識が、他の地域よりも濃く出ていることがこの本最大の魅力であり、武器だと思うのだ。しかし、この武器は当然横浜市民相手にしか使えない。作中にかなりたくさんの注釈や地図がついているが、これも私からすれば「注釈が必要なことなのか?」と感じるが、おそらく横浜にご縁のない人にとっては無いと、中に入っていけず理解できないので必須のものなのだ。
この大いなる「身内感」があるからこそ住んだことがある区の神様はもちろん、住んだことのない区の神様の話でさえ、他人事ではなく、自分がその世界で一緒に体験しているような気持ちになり、心地よく一体感を刺激してくれる。だからこそ、楽しむことが出来るのだ。
そういう意味でこの感覚を味わってほしくて、横浜市民にしかお勧めできないのではあるが、横浜市民以外の人が読むとどう感じるのかも、大変気になる本ではある。ぜひとも感想を聞きたいところだ。

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2018-11-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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