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メディアグランプリ

モテにはモテの、鬱には鬱のヘアースタイル


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【1月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《土曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 

記事:林絵梨佳(ライティング・ゼミ 木曜コース)
 

「星野源みたいにしてください」
 
そう言い放った私を美容師さんは怪訝な顔で見つめていた。
 
「髪型の参考になる雑誌持ってきました」
 
私は持参してきた雑誌をリュックの中から印籠を突きつけるように取り出して見せた。
表紙はもちろん、中も十ページ以上の星野源特集が組まれた雑誌。
正面、横顔、後頭部、光の当たり具合による髪色の微妙な違いなど、あらゆる角度の星野源の写真が載っているものを選び抜いた。
一般的なヘアスタイルカタログよりも詳細に髪型がわかるはずだ。
 
「これを出されて『できない』とは美容師のプライドをかけて言えまい!」
 
私は鼻息を荒くしながら心の中で言い渡した。
ずっと「何を言うんだこの女」という顔をしている美容師さんに向かって。
 

今まで10年近く、そこそこお洒落な都心の美容院でSさんという美容師さんに髪を切ってもらっていた。
Sさんは太陽のように明るく元気で、いつも笑顔を絶やさない素敵な人だった。
 
Sさんの腕は確かで、それまでなかなかパーマがかからなかった私の硬いくせ毛も上手にふんわりさせてくれた。多少伸びてもスタイルが決まるように、とか、朝のスタイリングが楽なように、などその後の生活のことも良く考えて必ず可愛くしてくれた。
 
偶然ではない、と私は思っているのだけどSさんに髪を切ってもらうようになってから突然、恋人が途切れなくなった。それまで全然モテてこなかったのに。
 
一人とお別れして、疲弊して、しばらく恋は休みかなと思うとすぐ次の恋が訪れた。
 
そのサイクルが10年近く続き、Sさんはどんどん人気が出てなかなか予約が取れなくなり、そして私はいろいろあってうつ病になった。
 
うつ病になってからもしばらくSさんに切ってもらっていたが、体調が悪い日も多く、朝しか予約が取れないのがキツくなっていた。
 
Sさんに切ってもらえなくなるのは残念だったが、もっと家から近くて気軽に行ける美容院を探すこととなった。
 
その結果、家から徒歩10分の激安美容院にたどり着いた。
看板も室内も全然お洒落じゃない。飾り気がない、けど無駄なものもない。
出てくる雑誌も「BAIRA」とか「Sweet」のようなファッション誌ではなく「女性セブン」などの週刊誌。しかも少し古い。
 
そして予約も指名もできない謎のシステム。美容師さんはいつも違う人。
でも思い立ったら来店してすぐ切ってもらえる。
客層もおばあちゃんから子どもまで、ピンキリだ。
 
なんというか、くすんでいるのである。眩しくない。
無理していない、身の丈をわきまえた感じが良い。
 
慣れない美容院、しかもくすんでいるとあって、しばらくは毛先を切ってもらうぐらいにしていたが、その髪型にも飽きてきて思い切り変えることにした。
 
久しぶりにヘアスタイルのカタログを見たり、ネットで「ショートカット、女性」で検索したりして、どんな髪型になりたいか考えていた。
 
しかし、どれもつまらないのだ。
 
モテ髪、ゆるふわ、大人カワイイ、小顔効果。
どれも「他人にどう思われるか」を意識したものだった。
 
「あぁ、そうか。Sさんはいつも私を最大限『他人から見て可愛く見える』髪型にしてくれていたのか」
 
私が「こうしたい」と言っても「えりかちゃんの顔型的にはこうした方が小顔に見えるよ」とか「こっちの方が女っぽくていいでしょ」と言ってSさんから違う提案がされることが多かった。
それでいつも間違いはないので私は何も考えずSさんにお任せしていた。
 
でももう私は「モテ戦線」からは離脱したかった。
こんな最弱兵士の私でも戦線に上がらせてくれたSさんの技術はやはりものすごい。恋に悩む女の子はみんなSさんに切ってもらったらいい。
Sさんは若かりし頃の私にレベル以上の力が出せる魔法をかけ続けてくれた。
しかし、私は戦線に出て歳を取り、疲れ、ただの町民に戻ることに決めた。
 
私のためだけに髪を切りたい。
 
うつになってから、髪を洗って乾かすのすらしんどいので、とにかく短く。
楽なことが最重要。
だけど、わくわくすることはおざなりにしたくない。
出かけるのが楽しみになるような、私が楽で楽しい髪型。
 
それは女性用のヘアカタログには一切載っていなかった。
 
半ば諦めかけた時、長年ファンを続けている星野源が雑誌の表紙越しにこちらを見ていることに気付く。
 
「あ、これじゃん」
 
思わず声に出た。
彼はどう見ても私が楽で楽しい髪型をしていた。
 
でも初めはくすんだ美容院の技術が信用できず、隣町のほどほどにお洒落な美容院をネットで予約してしまった。
しかし予約当日、体調不良でキャンセルした。
 
「ええい! なるようになれ! 髪はいずれ伸びる!! ダメだったら帽子かぶりゃいい!!」
と腹を決め、結局予約無しで行けるくすんだ美容院に駆け込むことに。
 
若い人の行くお洒落な美容院だったら「星野源みたいにして」と言えば、最近は女性も男性の髪型をオーダーする人が増えているらしいので、なんとなく通じるだろう。
 
しかし、あの美容院では難しいかもしれない。
念には念を入れて星野源まみれの雑誌を持参したのだ。
 
案の定、美容師さんに怪訝な顔をされた。
私が女なのに男性芸能人の髪型を指定したからなのか、そもそも星野源を知らないのか、それとも元々そういう顔の人なのか……。
無愛想で口数の少ないおじさんの美容師だった。
雑誌を持っていったのは正解だった。
 
おじさん美容師はしばらく納得できない様子で
「本当にいいの? こっちの(雑誌の違うページに載っていた)荻野目洋子の方がいいんじゃない?」
と何度も聞いてきた。
 
違う違う。
荻野目洋子じゃ意味ないの。
 
例え同じ髪型でも、私が「星野源みたいな髪型」って信じられることが大事なの。
 
「星野源が、いいんです」
 
譲らない私にしぶしぶおじさん美容師はハサミを動かし始めた。
一体私はどうなるんだろう、とんでもないヘンテコな髪型にされるかもしれない、と思ったらワクワクしてきた。
 
すると、そのワクワクが伝わったのか、初めはしぶしぶだったおじさん美容師もだんだんハサミがノッてきた。
 
無口で無愛想で顔は怖いけど、とても丁寧に星野源を私の髪で再現しようとしてくれた。
結果、なかなかの星野源となった。
 
私はとても喜んだ。
おじさん美容師にお礼を言って店を出ようとした。
 
するとおじさん美容師が
「髪が短くなって寒いから、風邪ひかないようにね」
と、この日初めての笑顔で送り出してくれた。
 
おじさん、笑った!
 
その不器用な笑顔が今の私には嬉しくて嬉しくて弾むように店を出た。
 
いつも笑顔で元気いっぱいのSさんに作ってもらっていた可愛さは捨ててしまったけど、今私はお洒落でもお洒落じゃなくても、モテてもモテなくても、とにかく私の身の丈に合った頭をしている。
 
誰のためでもなく、私のために私が考えた髪型を、笑わないし顔怖いけど、真面目なおじさんのくすんだ優しさで作ってもらった。
 
外はもうとっぷり暗かった。
耳が出ているので風が冷たい。
風に切られた頬が赤くなるのがわかる。
私に血が通っているのを感じた。

 
***

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2018-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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