「明日会社に行きたくない……」を大怪我に発展させないための“バグ退治”のススメ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:佐伊津 おり(天狼院ライティング・ゼミ 土曜コース)
唐突に私事で始まって恐縮だが、2018年は私にとって激動の一年だった。
昨年ある日の仕事中、ドタバタと業務をこなしていたさなか、突然私の両目の視力は低下し、耳もまともに聴こえなくなったのだ。さながら眼球に油膜でも貼ったかのような白濁した視界で、両耳は一向に音量の上がらない、ボソボソとしたノイズの多いイヤフォンを挿しているようだった。
自分の身に降りかかった急激な変化に戸惑い、誰に伝えることもできずにデスクでじっとしながら、ただ周囲に「サボっている」と思われないよう仕事するふりをした。こんな緊急時にも人は世間の目を気にするものなのか、とぼんやり思った。
書きかけのメールに何度も適当な文字を打っては消し、打っては消しを繰り返し時間をやり過ごした。その間、体感として一時間強。ほどなく、聴力と視力はゆっくりと回復し、残り半日は何事もなかったかのように仕事を終えて帰宅した。一時的なものであったこともあり、病院には行かなかった。
その後も昼夜を問わず働くうち、あっという間に日々が過ぎ去った。数ヶ月後、今度は会社の最寄駅に着いた途端上手く呼吸ができなくなった。絞められる前の雄鶏みたいにぎゅっと喉元を掴まれているようで、ひゅーひゅーとか細い息をしながら会社までの道を歩いた。これはもう駄目だ、と思った。その週、私は意を決して、初めての心療内科に足を運んだ。
この頃、本を読んでも文章が、言葉が全く頭に入らなくなっていた。出版という業界の片隅で生きていた自分の存在が足元から脆くも崩れていく感覚がした。仕事が生きがいで、楽しみで、生きることそのものだった。私は壊れてしまった自分のかけらをかき集めて、会社には体調不良で休むと連絡を入れ、やっとのことで病院のドアを開けた。誰にも見られませんように、と願った。
院内を取り仕切るのは、見たところ50代も半ばの男性医師で、あっけらかんとした明るさと鋭い眼光を持った下町のおいちゃんといった佇まいだった。上野の飲屋街あたりで見かけたらまず間違いなく医師とは思わなさそうだ。診察室のコート掛けには、互いに威嚇し合うように目をひんむいた虎が両胸に刺繍されたスカジャンがかかっていた。
初めに別室で看護師から現在の症状と細かな状況を質問され、その後医師による診察を受ける。そして、私は思っていた以上にあっさりと「適応障害による抑うつ状態」と診断され、休職するようにとスカジャン先生(念の為つけ加えるが真っ当で素晴らしい医師だった)に宣告されたのだった。でもこの10年まともに長い休みなんて取ったことがない、と尚も愚図る私に「いい機会だから、のんびりして。仕事のことは考えずにね、ゆっくり休むといいですよ」と言われ、ようやく気持ちが少し緩んだ事を覚えている。
心療内科での治療は主に投薬であるため、その後は保険の範囲で通えるカウンセリングにも通うことにした。休職から数ヶ月、身体の調子も上向いてきた頃に週に一度女性カウンセラーと面談することにした。仕事のこと、家族、友人関係など幅広く相談できた。
カウンセリングの良し悪しと個々人の満足度はカウンセラーと患者自身の相性によるところも大きいかと思うが、私自身が思うメリットの一つに「秘密保持が保たれた場所で安心して話ができる」という点がある。
相手は何せ傾聴のプロなので、きちんと話を聞いてもらえたという充足感もあるし、同僚や友人らに話すのと違いうっかり誰かに漏れ伝えられてしまうこともない。そして、たとえ金銭のやりとりが介在する相手であっても人生の中で「何でも相談できる相手がいる」という事実は想像以上に心強い。
二つ目のメリットは「第三者目線からの状況把握」をしてもらえるという点だ。人は何かことが起きた時とかく自分自身を責めてしまいがちになるが、心を病んだ時には尚のことそれが顕著だ。そんな時に客観的意見をもらえることは、大きな助けになる。だが第三者であれば誰でも、相談相手として適当かといえばそうではない。人はその人なりの経験や思想を通してしか物事を見ることができないからだ。万が一相談相手を間違えたばかりに傷が深くなる事を防ぐためにも、あくまでフラットな目線で話のできるプロに聞いてもらうのが理にかなっていると思う。
心療内科は恥ずかしい、カウンセリングに通いたいなんて人には言えないという気持ちはよくわかる。だが、どちらも「健やかなあなた自身に戻る手伝い」をしてくれる場所に過ぎない。心の病は一時的な“バグ”に過ぎない。私にとって心療内科は、“バグ”を発見してくれる場所、そしてカウンセリングは“バグ”の原因を追求し、自らの力で癒すまでに伴走してくれる場所だ。
昨年は初期に感じた小さな違和感をはぐらかさず、早めに通院していたらと身に沁みた一年だった。大きな苦しみに発展する前に、より多くの人にクリニックやカウンセリングという逃げ道がある事を知ってもらいたい。「明日会社行きたくないなあ……」そんな小さなバグのうちに各々がメンテナンスすることができたら、個々人がもっと生きやすく、社会という波を超えて悠々と自分らしく泳いでいけるのではないか、そんな風に思っている。
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