メディアグランプリ

祖父が咲かせてくれた花


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:遠藤淳史(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「何かを続けることはとても大切だよ」
 
なんて決まり文句は小さい頃から色んな人たちから聞かされてきたけども
私は祖父以上にこの言葉を体現している人を知らない。
それはこれからも変わらないと断言できる。
 
 
祖父は夕食後、必ず散歩に出かける。
それはもう私が生まれる前から継続しているらしく、身体に染み付いていると言っていい。
隣駅までの2キロほどの道のり。往復1時間ほどのコースを、夏の熱帯夜も冬の凍えそうな夜も、お構い無しに出かけていた。台風で大荒れの日にも行こうとして、祖母から「こんな日にバカじゃないの!?」と大目玉をくらったことも一度や二度ではない。
 
 
「今から散歩に行くけど一緒に行かんか?」
 
小学生の頃、祖父は夕食後によく散歩に誘ってきた。
 
しかし、超インドアだった小学生の私にとって、夕食の後はアニメを見てくつろぐプライスレスな時間だった。そのため、散歩なんぞに費やしてなるものかという堅い決意があり、何かしら理由をつけて拒否し続けていた。また極度の運動音痴だった私はスポーツや運動はおろか、小学生にして外に出ることさえも億劫になっていた。
 
母はそんな私を見かねたのか、当初は「行きたくなかったら行かなくてもいいんじゃない」くらいのスタンスだったのに、気がつけば「毎日じゃなくてもいいから行ってきなさい!」と、見事な手のひら返しを見せ、私を夜の散歩へと駆りたてた。
 
母の言うことには逆らえなかったので、週に1回ほど、過ごしやすい春や秋に限定して散歩に出かけるようになった。
しぶしぶ祖父と共に夜道を歩きながら、聞いてみたことがある。
 
「なんでそんなに毎日散歩するん? 楽しい?」
 
祖父は
「健康にいいからね」とか
「ボケ防止のため」としか言わなかった。
何回聞いても返ってくる答えは同じだった。
 
いやいや、そんなはずはない。こんなに毎日歩くんだから、祖父だから分かる楽しみがきっとあるに違いない。見つけてやろう。
 
そう意気込んでいたが、毎回決まったルートを歩くだけの散歩に、小学生の私は結局楽しみとやらを見出せなかった。中学生になると部活が忙しかったため、以来祖父と共に散歩する機会はめっきり減った。
 
けれども私はその後、時々思い出したように散歩コースを一人で歩くことがあった。
高校生から大学生にかけて、その時期特有の家に居たくない時だとか、なんとなく一人になりたい時がしばしばあった。そんな時、祖父と共に歩いていた往復1時間の道は、考え事をしたり、気分を変えるのにはうってつけのコースだった。
 
すると、たくさんのことに気が付いたり、目がいく自分がいた。
ずっとあると思っていたお店が無くなっていたり、帰りにアイスを買ってもらっていたスーパーが全くの別名になっていたり、祖父と一緒に歩いていた時とは違う景色がそこにはあった。小さな変化だが、私には衝撃が大きかった。
 
今まで見ていたものが全てではないこと。
少しずつ景色は移ろいながら、私が住む場所も形作られてきたことを、この時初めて実感した気がする。
 
そして、そこでも変わらず人々の生活が営まれていることに、私はちょっとした感動を覚えた。
何かの巡り合わせで、自分と同じこの町に生まれ育った人たちのことを、尊いと思った。
地元に愛着が湧き始めたのはこの頃からだ。
 
そして、例えそこに住んでいなくても、胸を張って好きだと言える場所を他にもたくさん見つけたいと、純粋に思うようになった。
大学生になって、お金と時間にある程度の融通が効くようになると、知らない土地や名前しか聞いたことのない場所へ足を運ぶようになった。電車でパパッと行ける隣県から、バックパックで訪れた東南アジアまで。好奇心の赴くまま、行けるところまで行った。卒業旅行には、1週間一人でニューヨークを旅した。
 
気がつけば、家族で一番アクティブな人間になっていた。
「アンタがこんなに外に出るようになるなんてね」
母からよくそう言われた。自分でもそう思っていた。
 
祖父がずっと散歩を続けている理由が、今なら分かる気がする。
健康のためだとかボケ防止とかはあくまで表向きの理由でしかなく、本当は続けることの意義や大切さを、行動で示したかったのではないだろうか。
 
私たちはどうしても、最短で最大の効果を得られるものに魅力を感じる。何が本当か嘘か分からない情報で溢れた今の時代、間違えることや不安に陥るリスクを少しで減らすことは何も間違ってはいない。
けれど一方で、続けることでしか見えてこないものがあるのも事実だと思う。
 
家庭菜園のトマトは種まきから4~5ヶ月ほどで収穫できる。
一方、私たちが住む家を支える材木は、苗木を植えてから収穫までに数十年の時間を要する。
 
長い時間をかけて育てたり培ったものは、その分大きなものを後世に残してくれる。
祖父が小学生の私に「種まき」をしてくれたおかげで、学校では教えてくれない、知らない地を訪れることで得られる喜びという「花」を咲かせることができた。
そしてその花は、これから先決して枯れることはない。
 
祖父はもしかしたら、本当に健康のためだけに散歩を続けているのかもしれない。
けれども本人に理由があろうとなかろうと、誰かの「何かをコツコツ続ける姿」には、人にきっかけを与えたり、心に小さな火を灯してくれる力があるんだと教えてくれた。
 
今は離れて暮らしているため分からないが、祖父はきっと今日も夕食後は散歩に出かけるのだろう。彼が咲かせてくれた花を枯らすことないよう、私も小さなことから種まきを始めようと思う。それがいつの日か、誰かにとっての兆しや光になることを信じて。
 
 
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2019-02-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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