メディアグランプリ

だまし絵のような世界で、あなたを愛したい。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平野謙治(ライティング・ゼミ平日コース)

「あの娘、お前に気があるんじゃない?」
「え? そんなことないと思うけどなあ……」

ついカッコつけて興味のないフリをした。
演技である。バリバリ意識していた。

新しい学年に上がって一ヵ月。ようやく新しいクラスに、馴染んできた。
少しずつではあるが、仲の良いクラスメートが何人かできてきた。

その中でも特に仲良くなったのが、その娘だった。
その娘とは席が近く、毎日のように他愛のないおしゃべりをした。選択授業や、4月の末にあった校外学習の班も同じと、何かと縁があった。
その娘は、とても愛想がよく、いつも楽しそうに話を聞いてくれた。5月に入る頃には、その娘と話せるのを楽しみに学校に行く自分がいた。

そのような仲の良い僕らを見て、周囲は当然のようにからかってきた。
当時は思春期真っ盛り。プライドが高く、恋心がバレることを恐れていた。だから何を言われても、努めてクールに過ごした。だけど内心は、周囲から言われれば言われるほど、その娘のことを強く意識する自分がいた。
付き合えるのなら、付き合いたいと思った。だけど当時、まだ彼女のできた経験のない僕は、付き合うということがどういうことなのかもわからなかった。

「来週の日曜日遊びに行かない?」

とりあえず勢いのまま、メールで誘ってみた。
すぐに返ってきた「いいよ!」との文字を見て、自室で喜びを爆発させた。

そして、いよいよ迎えたその日。自分なりに精いっぱいの小綺麗な服装をしてきた。
だけどおしゃれな店など知らなかったから、カラオケに行って、ファミレスでご飯を食べた。そして最後に、「プリクラが撮りたい」というその娘に連れられて、ゲームセンターへと向かった。
その日はとにかく、楽しくて仕方がなかった。僕の心の水槽は、その娘が好きだという気持ちでいっぱいになって溢れそうだった。
一般的には、何回かデートを重ねてから告白をするのがセオリーなのかもしれない。だけど僕はもう、伝えたくて仕方なかった。

駅に帰る途中、歩道橋の上。決心して「好きだ」と伝えた。
その娘は驚いた様子で、その場をうろうろとし始めた。顔を隠すようにして、うつむいた。
だけど次の瞬間、顔を上げた。
目が合って、そして、僕に微笑みかけてこう言った。

「うれしい。私も好きだった」

人生で初めての彼女ができた。僕は、味わったことのない幸せに包まれた。自分のすべてが肯定されたような気がした。

この時はまだ、付き合うということがどういうことなのかわかっていなかった。だけどお互い好きで付き合えたのだから、これからの視界も良好なはず。遮るものなんて何もない。僕は確信していた。

だが、幸せな時間というのはそう長くは続かなかった。

忘れもしない、とある夏の日のデート。電車に乗って、都内に向かっていた。
二人で外を眺めていると、川が見えた。その日はよく晴れていて、揺らめく水面が光を乱反射してキラキラと輝いていた。この風景に、僕は見惚れた。

「光を反射する水面が、キラキラしてて綺麗で、好きなんだよね」

「え、ごめん。わからない……」

困り顔で言い放った彼女の一言は、僕を深く傷つけた。
突き放され、否定されたような心地がした。

たったこれだけのことなのに、大袈裟だって思われるかもしれない。だけど僕にとっては大問題だった。
「付き合う」ということがどういうことなのかわかっていなかった当時の僕は、恋人というものに幻想を抱いていたのだと思う。好き同士で付き合っているのだから、どんな感情だって共有できると本気で信じていた。
だけど、できなかった。僕が本当に好きなこの風景を見ても、彼女は何とも思わない。その事実が、今でも忘れられないくらいショックだった。

そこからも、感情のすれ違いは続いた。
テストの点が悪かったことがショックで泣いていた彼女に対し、「あんまり気にしないで」と声をかけたら、「軽々しく言わないでよ!」と怒られたこともあった。
僕は励ましたかっただけなのに。どうしてわかり合えないのだろうと嘆いた。

そのようなことを繰り返し数ヶ月。
最後は彼女から、「もう限界。私のことをちっともわかってくれない」と別れを切り出された。
こうして僕の初めての恋愛は、あっけなく幕を閉じた。

別れた当時は、「自分は悪くない。彼女のせいだ」と思っていた。
だけど今ならわかる。上手くいかなかった理由が。
僕も彼女も、自分の世界の捉え方が、正しいと信じて疑わなかった。お互いの捉え方の違いを、理解しようとしなかったのだ。

振り返ってみて思う。この世界は、巧妙なだまし絵のようだ。
同じ絵を見ても、ある人は「若い女性が向こうを見ている絵だ」と言い、ほかの人は「老婆が顎を引いて左を見ている絵だ」と言う。見る人によって、見方が違うのだ。

美しい花の象徴とされるバラ。だけど、バラが美しいと決めたのは誰なのだろう。
もし、バラを見たことがない外国の人が見たら、「とげとげしくて醜い」というかもしれない。それくらい、同じものでも人によって捉え方が異なっている。
「バラ」それ自体に、「美しい」という価値があるわけじゃない。
「バラ」を見て、「美しい」と思った人がいただけである。

この世界を見つめる人の数だけ、この世界の捉え方は存在している。
そう考えると、自分の世界の捉え方だけを愛すのはもったいない。
自分と違った世界の捉え方を知って、「そんな捉え方もあったんだ!」と受け入れられた時、僕の世界はきっともっと、広がっているはずだ。

でもだからと言って、すべてを受け入れろと言いたいわけじゃない。
僕があの日の自分に言いたいのは、たとえ恋人や親しい友人と世界の捉え方が違ったとしても、何も気に病むことはないということだ。
「違っている」ということに、孤独や劣等感を感じる必要はない。
その人と「違っている」ということも含めて、関係性を楽しんでいけたらいい。

当時の自分の世界は狭かった。だけど失敗から、気づくことができた。
今はもっと、様々な捉え方を受け入れる余裕ができた。
あの経験があったからこそ、今僕は恋人と幸せに過ごすことができている。

……なんていう風に綺麗に締めたかったのだが、誠に残念ながら今僕は恋人がいない。
この文を読んでくれた人が、世界の広がった僕に素敵な女性を紹介してくれることを、切に願っている。
 
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2019-03-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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