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美術ノート:「アントニオ・ロペス・ガルシア」の描く風景


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉田 健介(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「……」
 
ハッとしたのを覚えている。
 
画集を手に取り、ただただ、その風景に僕は見入っていた。
まだよく分からない頃だった。
高校を卒業し、大学へ進学した。経済学部。
2回生の夏、僕は絵の勉強をしたくて、地元の画塾へ通い出した。
自分で月謝を払いながら、高校生と並んで石膏デッサンをする日々を送っていた。
 
1年くらい経った頃だろうか。
まだ美術についてもよく分からず、闇雲にデッサンをしていた頃、1枚の絵に出会った。
立ち並ぶビルを描いた作品だった。
屋上かどこかの、高い位置から街を眺めているような絵だ。
日本ではなく、海外のどこかの街。
 
「……」
 
言葉にならなかった。
曖昧な形をした雲を見るかのように、見た感想をどう表現していいのか分からなかった。
ハッとして、はっきりしない気持ちを抱えたまま、ただその絵に魅了され、じっとその作品を見ていた。
 
アントニオ・ロペス・ガルシア。
スペインのマドリードで活動している画家で、2019年現在も現役で活動している。
日本ではあまり聞かない名だが、世界的に見ても、トップクラスの有名人である。
彼の描く作品(油絵)は、人物や風景といった、対象を「見て」描く、いわゆる具象絵画というジャンルに当たる。
 
街の交差点、歩道、公園、どこかの部屋……
 
彼の住むスペインに実際に存在するのであろう、どこかを描いたものである。
そう直感的に分かる情景や場面。
中にはトイレや水道、冷蔵庫を描いたものもある。
 
経済学部を卒業し、僕はそのまま京都にある通信制の美術大学に進学した。
その間、いつもロペスの作品は僕の頭の中に存在し続けた。
彼の真似をして、京都の街並みが見えそうな場所を探し、そこで数ヶ月かけて風景を描いたこともあった。
数ヶ月と聞いて、もしかしたら驚く人もいるかもしれない。
だが、ロペスは、同じ場所で数年間かけて描き続けることは珍しくない。
 
『グラン・ビア』という作品がある。
まだ人気のない夏の朝の大通り。
そこにイーゼルを立て、30分程の制作時間を積み重ねて出来た作品である。
彼は実に7年かけて作品を仕上げた。
 
それに比べれば、僕の制作に費やした数ヶ月は、かわいいものであり、作品の出来上がりも実につたなものだった。
 
「何も描けていない……」
 
よく自己嫌悪に陥ったものだ。
 
アントニオ・ロペス・ガルシアの魅力は、何と言っても、かっこいい、ことだと僕は思う。
おそらく、スペインに住んでいる人であれば、日常よく目にする風景。
そんな誰もが毎日のように目にしている風景を彼は描く。
気付かされるのだ。
毎日当たり前に見ている、一見何の変哲も無いものが放つ何かを。
そこに行ったことのない人も、惹きつけられるのだ。
ビルが立ち並ぶ様子。
そこに光が当たっている瞬間。
窓。
看板。
道路。
 
当たり前に見慣れたものが描かれているだけなのだが、一度目にすると、その画面になぜか見入ってしまう。
そういった「当たり前」に隠された、何だか分からないある種の魅力にハッとさせられてしまう。
描かれた対象がトイレや冷蔵庫であってもだ。
どこかかっこいいのだ。
 
「あそこの建物に、日の光が当たった瞬間を描きたいんだ」
 
以前、NHKの日曜美術館という番組で、ロペスの特集をした回があった。
そこで彼はそのように語っていた。
 
遠近法とか、黄金比とか、キリスト生誕の場面とか、そういったものではなく、ただ、目の前にある風景に魅了され、それを油絵具を使って、キャンバスに描いているのだ。
写真は使わない。
風や空気、音を感じながら現場で描く。
 
先日、ライティング・ゼミの日曜コースが最終回を迎えた。
この4ヶ月、何とか月曜日の提出期限に間に合わせて課題を提出してきた。
添削で指摘をされたり、ネタの飢餓状態に陥ったり、不幸な出来事が起こると喜んだり、悔しい程、授業で紹介された状態に僕は陥った。
普段の生活リズムに、ネタ集めのチャンネルが加わった。
今まで何気なく過ごしていた日々に、自ら色を加えていくように、彩りを持って過ごすようになってきた。だからこそ新しく気付くこともたくさん出てきた。
 
アントニオ・ロペス・ガルシアの風景画は、そんなネタ集めの開眼に近い。
きっと彼も、日常生活を送りながら、何気なく目にした物を見逃さず、それを作品という形で起こしているのだろう。文章ではなく、油絵具という手法で。
 
自分が感じた魅力をキャンバスに描き、それを見た者は、その感動を共有することができるのだ。
いつもなら何も気にせず見過ごしてしまいそうなあらゆる物にスポットを与え、彼が感じた何かを、見る者も体感することができるのだ。
そこにもはや言葉はいらない。
聖書の一場面や、商人が手に持つナイフの意味を読み解く必要はないのだ。
だから、ロペスの作品を見て、ハッとすることができたら、充分に作品を味わえたことになるのかもしれない。
 
実は、アントニオ・ロペス・ガルシアの作品を実際に日本で見れる機会はあまりない。
数年前に、東京で大きな個展を行なったが、それ以降、日本で開催された情報は聞いていない。
しかし、インターネットや画集で彼の作品を見ることは出来る。
また、youtubeでインタビューを見ることもできる。
 
ロペスは、風景以外にも、人物画や彫刻作品などもあり、幅広く活動をしている。
解釈や意味が必要のない作品の一例として、時間があれば是非見てもらいたい。

 
 
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2019-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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