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弟へ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:よつはしまき 「ライティング・ゼミ平日コース」

「おれ、転職しようと思う」

大事な話があるからと、父と共に呼び出され、
いきなり切り出された。

「今のところ、もう限界なんだ」

ゆっくりと言葉を選びながら話している弟は、
少し緊張しているようにも見えた。

無理も無い。反対されると思っているのだ。
今の職場は、お給料も待遇も良く、
そのまま絶対に定年までいける国家公務員だからだ。

沈黙が降りる。
父も黙ったまま何も言わない。

「今のところ辞めて、どうするの?」

私の声が、ひび割れたような声が空気を割いた。
私は、正直に言って辞めてほしくなかった。
弟は、とても繊細なタイプで、いわゆる生きにくいタイプ。

学校でも、いじめられている子をかばって
自分がいじめのターゲットになったり、

努力と根性と勢いだけで物事がうまくいくと思い込んでいる
いわゆる熱血タイプの先生に目をつけられて、
情熱が足らんといじめに近いしごきを受け、
両親と学校の間でかなりきわどい話し合いに発展したりと、

私の目から見て、苦労するタイプ、それが弟だった。

だから、せっかくいい条件の仕事についたんだから、
辞めてほしくなかった。

「おれ、タクシーの運転手になろうと思うんだ」

絶句。
私は文字通り絶句した。

誤解の無いように言っておきたいが、
タクシーの運転手の仕事は立派なものだ。

だが、弟は人とうまくいかないのだ。
(少なくとも私にはそう見えていた)

だから、酔っ払いを相手にしたり、ケンカを売って来たり、
道が混んでるからと八つ当たりしてきたりするような
客がいるようなタクシーの仕事なんて、到底出来っこない、
そう思ったのだ。

私は、言葉を尽くして説得した。

なだめたりすかしたりして、説得しようとした。
辞めると言った弟の理由を、片っ端から論破した。

いかに、今の仕事の条件がいいか。
今しんどいと思っていても、昇進間近なのだから、
もう少しの辛抱なのではないのか。

タクシーの運転手は安定収入とはとても言えない。
リスクの大きい仕事になぜ、わざわざ変える必要があるのか。

気付けば、私がずっと話していた。
弟は黙って聞いていた。
父も何も言わなかった。

1時間くらいたっただろうか。
私ばかり話していて喉も痛くなってきたので、
父にふった。

「パパもなにか言ってよ」

そう促されて、ようやく口を開いた父は、

「おまえ、身体は大丈夫なのか」

は? なにそれ?
今そんなこと話している場合じゃないでしょ?
キレ気味になった私に、弟はのんびりと答えた。

「うん、やっぱり自衛隊で鍛えたから、身体の不調にはすぐ気付くし、
効率よくコンディションをキープするのはうまくできるよ」

「タクシーだと座りっぱなしなんじゃないのか」

「そうだね。でも、通勤の行き帰り、
片道10km走ることにしたから大丈夫」

それだけだった。
それだけで、

「そうか。じゃあがんばれよ」
「うん、詳しい事がわかったらまた連絡するね」

父が話を終えてしまったのだ。

はしごを外されたような形になった私は、
私の中の複雑な気持ちをどうしたらいいのか
わからなかった。

タクシーの運転手なんて大変な仕事、
弟ができるはずがない。
長続きするはずがない。

次の仕事なんか、あるわけがない。

弟が転落人生を歩むのかと、暗澹たる気持ちになった。

あれから10年。

弟はまだタクシー運転手を続けている。
タクシー会社を何回か変えているが、
タクシー運転手のままだ。

1回、本社の役員になったこともあった。
しかし、現場がいいと言って、また運転手をやっている。

続かないと思っていた私が間違っていたのだ。
弟はいきいきと仕事をし、
合間にしっかり遊んで毎日を楽しみ、
人生の伴侶も見つけてしまった。

10年たって、私は弟に謝った。

あの時は真っ向から反対して悪かったと。
弟の人生、弟の仕事、弟が考えたことなのに、
私の狭い価値観を押し付けてしまったと。

弟は笑った。

「姉ちゃんが反対する事はわかってたよ。
だって、姉ちゃんの言ってることは至極真っ当だったもん。
でもさ、おれ、自衛隊時代にわかったことがあってさ」

「時間を守ったり、人と一緒に同じことをしたり、
意味は分からなくても上の言うことを聞いたりっていうことが
本当に苦痛だったんだ。だから自衛隊に向かなかったんだ」

「その点タクシーはね、自分の好きな時間に休憩も取れるし、
自分ががんばった分だけ給料に反映されるんだよね。
それがおれにはすごくやりがいがあることなんだ」

「それにさ、自衛隊で鍛えぬいたおかげで、
酔っ払いとか絡んでくる客なんて怖くないしさ」

そうだったんだ。
あの時それを聞いてれば違った反応をしたかな。
いや、自分の常識ってやつに囚われていた私だから、
聞く耳持たなかったかもしれない。

弟よ、ありがとう。
私は未熟な姉ちゃんだったね。
あなたは姉ちゃんが上から目線で偉そうに演説している間、
価値観の違う人と受け入れてくれていたんだね。

「うまく」やっていけていると思っていた私なんかより、
はるかに広い視点を持っていた。

10年もかかってしまったけど、
あなたのおかげで姉ちゃんは
ひとりよがりの意見や、おしつけがましいエゴ
に気付くことができるようになったよ。

そして、10年前の姉ちゃんのように
親切の顔をして自分の価値感をおしつけてくる人と
よく衝突したり不快な思いをしていたけれど、

今は流せるようになったよ。

本当にありがとう。

これからは、奥さんを大事にして、
奥さんに大事にされて、
さらに幸せに生きてね。

結婚おめでとう。
姉ちゃんより。

 
 
 
 
 
 

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2019-04-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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