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メディアグランプリ

いつもの「いつも」は 変えられる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:奥村まなみ(ライティング・ゼミ火曜コース)
 
 
毎日の通勤には車を使っている。片道40分。毎日、同じ時間帯に、同じ通勤路。目に入ってくるのは同じ景色。おおよそ、すれ違う人も同じ人。
 
同じ時間に、いつものおじさんがいつもの犬の散歩をしながら、いつもの横断歩道を渡っている。
いつも曲がる交差点の角にある車の修理屋さんでは、おなじみの整備士が、いつもと同じ体勢で、今日も車の整備をしている。
時刻表通りに走る電車に、いつものように踏切でひっかかり、車を一旦停止させて、車窓を眺めながらそれが走り過ぎるのを待つ。何なら、その電車に乗っている人もいつも同じ人である。
こんな時間が毎日、往復80分。週に5回。それは、もうマンネリ以外の何ものでもない。
 
車の中では、ラジオや音楽を流している。落語を聞くこともある。特にラジオは、曜日によって聞く番組が違ったり、同じ番組でもゲストが違ったりで、かなりの通勤時間マンネリ解消になる。
先日、いつも楽しみにしているラジオ番組で、音楽についての興味深い「実験」が繰り広げられていた。
 
その番組のパーソナリティが、あるセリフを読んで聞かせるのだが、その際に流すBGMに、何を選ぶかで、そのセリフに対してどのような「効果」があるか、というものだった。
 
その時に読み上げられたセリフは、確か宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の一節だった。同じセリフを2回、同じような口調で読み上げるのだが、その後ろで流す曲には、それぞれ異なるものが選ばれていた。その2曲は、例えば「クラッシックとロック」のような、特に強調的に異なる音楽という訳でもなかった。どちらも静かめの、ゆるやかな、しかし壮大さのある音楽だった。なのに、その読み上げられたセリフから受ける印象というものが、全く異なったのだ。
 
一回目は、これから旅がはじまるような、スタートのイメージ。2回目は、これで旅が一旦終わりホッとするような、ゴールのイメージ。読み上げられたセリフは同じものなのに、私の脳裏には、2つの真逆の景色が浮かび上がったのだ。
 
「見ている景色の背後に流れている音楽で、見ている景気の印象が変わる」
 
このような結果を出したこの「実験」は、その日のラジオ番組に登場したゲストの職業を説明するためのものだった。
残念ながらゲストの名前は忘れてしまったが、どうやら、TVドラマ番組のBGMを製作する方のようで、「自分の仕事は、一見、目には見えないけれども、そのドラマを盛り上げることができるか、できないかの分かれ道になる」というようなことも話されていた。なるほど、考えてみれば当たり前のことだが、世の中には、こういった事を仕事にしている人がいるのである。
 
このラジオ番組での実験結果を、目の当りにした、いや、耳当たりにした私は、「ただ単なる耳から入ってくる音楽」というものだったそれが、「自分が目にするものとセットの音楽」という、新しい感覚を手に入れることになった。
 
その日から、TVドラマやコマーシャルの背景に流れる音楽が気になって仕方なかった。
 
某生命保険会社の、家族写真を使ったあのコマーシャル。バックで流れている音楽が、小田和正ではなく、ゴールデンボンバーだったとしたら。あの15秒で、目頭が熱くなることはまずないだろう。
『情熱大陸』の番組も、あのバイオリンの曲だからこそ、取り上げられる人物の情熱が伝わり、見る人の心を揺さぶるような気さえする。
 
テレビだけではない。日々、訪れる場所に流れている音楽にも意識が行くようになった。なるほど、スーパーにはスーパーの、カフェにはカフェの、銀行には銀行の、ヨガ教室にはヨガ教室の、ホテルにはホテルの、ディズニーランドにはディズニーランドの。それぞれにふさわしいと思われる音楽が流れている。
今、いくつか例にあげた場所だけでも、誰もが何となくではあるが、それぞれの音楽がイメージできるのではないだろうか。きっとそれは、その場にあまりにも馴染みすぎていて、逆に何の違和感も持たせないのであろう。しかしそれは、確かにそこに存在し、訪れる人々を無意識のうちに、訪れた世界へといざなっている。
 
ある時ふと、私も「実験」してみようという気になった。毎日の通勤の車の中で、密かにそれは行われた。そして、その「実験」がもたらす「効果」と言ったら、実におもしろいものだった。
 
その日のラジオからは、パーソナリティの選曲により、ビートルズの名曲が流れていた。信号待ちでハンドルを握る私の目の前には、今日もいつものおじさんが、いつもの犬をつれて、いつもの横断歩道を渡っていた。
ここで「実験」である。「自分が目にするものとセットの音楽」というスイッチを入れてみる。
すると、どうだろう。そこは、たちまち、あのビートルズ4人が渡っていたアビーロードの横断歩道になった。眠そうに犬をつれていたおじさんの背中からは、これまでの人生を映し出すような、哀愁のようなものがこぼれ、愛犬とのおだやかな一日の始まりが感じられた。
 
また、違う日には、宇宙戦艦ヤマトのテーマソングが選曲されていた。その時、交差点で信号待ちをする私の目の前には、いつものありふれた車の修理工場があった。
しかし、どうだろう。そこは、たちまち、宇宙に浮かぶメンテナンスステーションとなった。いつもの整備士が宇宙服のようなものを着て、これから宇宙に再び旅立つであろう、戦いで傷ついた戦艦に、真剣なまなざしで向き合っているではないか。
 
つい先ほど行われた「実験」では、溝口肇の曲が流れていた。その時、私の目の前にあった踏切の向こうを横切る、たったの2両編成の電車からは、鳴るはずもない汽笛が聞こえた。車窓に映るいつもの乗客たちを、どこまでも続く、世界をめぐる旅人に変えていた。これがまた、宇宙戦艦ヤマトのテーマソングだったなら、乗客たちは旅人ではなく、戦士に見えていたかもしれない。
 
こんな「実験」を密かに繰り返しているうちに、自分の見ている風景が、何か、ドラマの映像のようなものに感じられてきた。見ている映像に、どのような音楽を流すかで、そこから得られる「効果」には際限がなく、まさに無限大だった。
 
「自分の仕事は、一見、目には見えないけれども、そのドラマを盛り上げることができるか、できないかの分かれ道になる」と話していたラジオのゲストの言葉を思い出す。
 
「あなたの見ている景色は、一見、いつも通りに見えるけれども、音楽の力をかりるか、かりないかで、いく通りにも変えられる」今度は、景色の方が、そう私に語りかけてきた。
 
この「実験」はこれからも続くであろう。そして今後は、ラジオから流れてくる音楽だけではなく、私自身の選曲によって、ますます壮大な「効果」をもたらしそうである。
 
 
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2019-04-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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