メディアグランプリ

自殺未遂した話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:服部動生(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
ある日、私は食事をするのをやめた。まともに働いていなかった私は、親と上手くいかず、本気で死のうと思った。私は人が嫌いだが、何よりも自分が嫌い。クズだからだ。
実家に住んでいるので、冷蔵庫の中には親が買ってきた食材であふれている。その気になれば親の目を盗んで食べるのは簡単だ。でも、絶対に食べるもんか。空腹で辛いが、きっとこの先生きるのはもっと辛い。そんな風に考えると空腹の苦しさも、ある意味で快感だった。
最初のきっかけはなんだったか。一応人並みに夢があって、学校の先生になりたかった。ただ、教育実習に行って「何か違う」と感じてしまい、目標を失った。それだけならよくある話だが、私はこの後新しい目的を見つけられないまま大学を卒業してしまう。
名目上は大学院に進学したが、実際には親に内緒でずっと休学して精神科に通っていた。学校の設置するカウンセラーにも足しげく通い、薬をあれこれ試しても、気分は上向かず何も前進しない。時には薬の副作用で10時間以上寝ても起き上がれない日が続いたこともある。
そんな状態が2年続いたある日、大学側からの何気ない通知で私の秘密が親にばれてしまった。親は激怒した。まぁ当然である。しかし、怒りの理由に納得しても、すぐさま立ち上がれるわけではない。とにかく、現状働くことも勉強することもままならないと説明したが親は納得しない。それはそうだ。2年間も親をだましていたのだ。ここで「そうですか」と飲み込める親はまずいないだろう。
親は至極まっとうな理由で怒っているが、それを鎮める力が私にはない。そしてしばらく話した結果、働かないのであれば冷蔵庫の中身に手を出すなという結論に達した。働かざるもの食うべからず、理屈としては筋が通っている。が、この筋を通した場合どうなるかは想像するまでもない。
しかし、意外に思われるかもしれないが、私はこの『命令』を心のどこかで期待していた。二つ返事で了承した私は、ちょうどその日がカウンセリングの日だったので外出した。カウンセラーは私の話を聞いて随分と心配してくれたが、私はこれを機会に死のうと決心した。
ずっと死にたいと思っていたが、その気持ちだけでは死ねない。電車も車もそこら中を走っている。飛びこむ機会はいくらでもあったはず。でも死ななかった。
私は電車に飛び込んだり首を吊ったりはできない性格なのだと自己分析をしていた。そこで思いついたのが、絶食による栄養失調。時間はかかるが、徐々に死ぬなら覚悟も決まるのではないかと考えていた。だが、自分一人でやったところで空腹になれば、つい食べ物に手が伸びるだろう。だからこそ、親から『食べるな』と命令されたことが重要。
大学の心理学の授業で習った。『命令』されると自分一人では絶対にやらないことでもついやってしまうことがあるらしい。たとえ拳銃を持っていても、自分一人で人を殺すのは難しい。だが戦争などで上官に命令されると簡単に殺せてしまうとのことだ。
私は命令通り食事をとらないことにした。自分の銀行口座に当時2万円入っていたが、これも使わないことに決めた。通っている精神科の受付においてある飴なども慎み、水だけで生活した。なぜなら水は禁止されていなかったから。
そして、そのあとはひたすら自分が死ぬのを待つだけ。どこかわくわくした気持ちだった。
絶食から3日ぐらい経つと足元がふらついてきて、歩くのも困難になる。私はしめしめと思いながら杖をついて歩き精神科に向かった。お医者さんからは、今のままだと2週間ぐらいで危ないと言われた記憶がある。そうか、二週間で死ねるのかと心底うれしくなった。確か昔読んだ子供向けの医学入門みたいな本では、『水だけでも一月はなんとかなる』と書いてあったので、時期が早まったのは素直にうれしい。
ルンルン気分で家に帰ったのはいいが、ここである問題に直面した。とてつもなく暇なのである。絶食を続けて5日目くらいからはっきりと意識できるようになったが、この状態だと非常に寝つきが悪い。仮に眠れたとしても5時間くらいで確実に目が覚めてしまう。つまり、24時間のうち19時間を暇つぶしに充てなくてはいけない。空腹よりもそっちのほうが辛かった。
まずやったのが、youtubeでひたすら『キューピー3分間クッキング』を見続けること。空腹のときに見るのは拷問のように思われるかもしれないが、この頃になるともうその程度では動じない。元々料理が好きだったので、とても興味深く見ていた。あとは、既に出歩ける状態ではなかったので、キャンプに行っている人が撮った動画などもよく見ていた。
だが、これも連続して見ると飽きるので、普段はほとんどつぶやかないツイッター上で怪文書を書いて遊んでいた。その時のツイートで割とうまく書けている物がこちら
『にははと笑って暮らしたい』
『いくつに見える?って地雷の見える質問投げないで。』
これはどういう意味かというと、冒頭のひらがなの部分が語呂合わせになっていて、にはは=288、いくつ=192となる。これは絶食を始めてからの時間を表していて、24時間ごとにツイートしていた。なおこの意図に気づいた友人はいなかった。
こんな暇つぶしをしていたが、ついに2週間経ってもまだ生きていた。というか、体調的には5日目ぐらいから横ばいで、悪くなっている気がしない。2週間で死ねると思っていたから私はかなり落ち込んでいた。やはり一月は耐えなくてはダメか。私は自分の興味を引くような動画などをおよそ見てしまって、深刻な暇つぶし不足に悩まされていた。
そんなとき、親が珍しく向こうから話しかけてきた。お前本当に死ぬのかと聞くので、そのつもりだと答えた。親が泣きながらそれは私のせいかと聞いてくる。そんな殊勝なことを言える人だとは思わなかったので、かなり驚いた。実際私がここまでこじれるほど親に相談できなかったのは、私と親の信頼関係も少なからず影響している部分はあるだろう。
そういう意味では、親のせいの部分もあるかもしれないが、私は自らの意志で死ぬつもりだったので、親の涙程度で考えは変わらなかった。しばらく会話はしたが、やはりそのまま絶食を続けた。
それから三日くらいして、親がもう一度話しかけてきた。死ぬ前に旅行でもしたらどうかと言われたときは、不覚にも心が動いた。実のところ私は旅行が大好きで、私が死ぬまでに一度は行ってみたいと思っていた伊勢神宮への旅費を全て出してくれるという破格の提案。まさに死のうとしている今、絶好の機会と言える。
私は折角あと少しで死ねるというところで、「行く」と答えてしまった。そこからはあっという間に崩れた。旅行に行くからには体力がなければいけない。半月後の旅行当日までには体力を戻すためにも食べなくては。
で、結果的にこの記事を書いているということは、私はまだ生きている。未だに親のすねをかじり続けているクズだが、それでも生きていけている。私は自分がクズであることを自覚し、それを認めることで開き直れた。とりあえず、今のところはあえて死のうと思ってはいない。どうやらこの世界は、クズでも生きていてもいい場所らしい。
 
 
 
 
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2019-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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