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花の名は


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:村尾悦郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「お前分かってないな! そんなことしてたら全然ダメだよ!」
 
「ハァ~、お前はホントにしょうがねぇな」
 
これは、僕が上司の竹中さんからよく言われてきた言葉だ。
今でもよく言われる(と思う)。
 
男ばかりで、荒っぽい言葉が日常的に飛び交う職場だ。ヘタを打つと「バカ!」と、竹中さんによく怒られた。こんな言葉を浴びせられたら、あなたはどう思うだろう?
 
以前の僕は、
 
「うわ~、怖。マジで引くわ~」とか、
 
「なに言ってんだ! わかってないのはアンタだろう!」とか、
 
「どうして、わざわざこんな言い方されなきゃいけないんだろう……」などなど、
 
恐怖、怒り、混乱、さまざまなマイナスの感情にとらわれ、まともに話を聞ける心の状態ではなくなっていた。元々、頭に血が上りやすい性格で、時には感情にまかせて言い返すことさえあった。
 
しかし、今の僕は竹中さんに「バカ! ダメだよ!」と言われても、
 
「よっしゃ来たぁ!」
 
と、ワクワクに満ちた気持ちで竹中さんの言葉をむかえられる。
 
なぜなら、竹中さんの「ダメだ!」はダメじゃなかったからだ。僕が、それに気づいた時の話をしよう。
 
先ほども書いたが、僕は結構怒りっぽい。竹中さんに「こんなんじゃダメだ! もう一回やり直せ!」と、言われるだけで、以前の僕は「なんだコノヤロウ!」とカッカし、心の中で拗ねた。
 
そうなると、僕はなげやりになってしまう。「言う通りにすればいいんでしょ」と、適当にその仕事をこなすだけになってしまうのだ。当然、こんな気持ちで取り組んだところで良いものは生まれない。例え、やり直して持っていっても、
 
「さっきと違うところだけど、ここもダメじゃないか! なにやってんだ!」
 
と言われ、ブツクサ心の中で文句を言いながらまたやり直す。
 
そんな調子だから「あいつは言っても分からない」と評価されず、竹中さんと一緒になる仕事はまったく楽しく感じなかっし、フラストレーションは溜まる一方だった。
 
そんなある日、家でテレビを見ていると、とある番組が目に止まった。細かい内容は覚えていないが、ゲストの学者さん(らしき人)が、
 
「キレそうになった時、花の名前を3つ思い出して心の中で唱えてください。心が静まります」
 
と、共演者に話していた。
 
「え~ホントですか~?」と半信半疑な様子の共演者に共感しながら、僕は「なにをバカバカしい」と鼻で笑った。
 
次の日、僕は些細なことで「おいこら!」と、また竹中さんに怒られた。小言が5分以上続き、僕のイライラがピークを迎えようとした瞬間、ふと、前日の学者さん(らしき人)の声が頭に響いた。
 
「キレそうになった時、花の名前を3つ思い出して心の中で唱えてください。心が静まります」
 
(ええと……)
 
(ばら)
 
(ゆり)
 
(ひまわり)
 
僕の頭に、のどかなお花畑が広がった。
 
花の周りをちょうちょがパタパタと飛び、抜けるような青空にゆっくりと雲が流れる。
 
(……)
 
(……あれ? 嘘だろ? ホントにどうでもよくなった)
 
竹中さんの話している内容に対してではなく、自分が怒っていること自体がどうでもよくなった。思考にワンクッション入ることで、心が仕切り直せたのだ(副作用として吹き出しそうになったが、なんとかこらえた)。
 
冷静さを取り戻して、竹中さんの小言を聞いていると、僕はあることに気づいた。
 
「あれ? この人、結構教えてくれている」
 
竹中さんの小言は、言い方こそ悪いが、しっかりと「どう考えてこの仕事にのぞむべきか」を示してくれていた。それどころか、僕が自分で考えて気づくよう、ヒントをちりばめてくれていた。
 
「バカ!」とか、
 
「なんでこんなこともできないんだよ!」とか、
 
強い言葉を使ってはいるが、それらを取っ払って翻訳すると、
 
「この仕事はこう考えたほうがいいよ。それで一度やってみてごらん」
 
と言っていた。
 
その瞬間、僕の竹中さんを見る目が180度変わった。
 
竹中さんは優しかったのだ!
 
ただ「竹中語」で喋っていただけだった!
 
「あいつは言っても分からない」と言いつつ、何度も何度も「気づけ!」と、僕にサインを送ってくれていた。僕は恐怖や怒りで頭が一杯になり、竹中さんの言葉を理解しようとしていなかったのだ。
 
それからの僕は、注意深く竹中さんの言葉を聞くようになった。
 
強い言葉の端々に、「こうしたらいい」というパズルのピースが隠れている。それを必死で拾い集め、組み立てることで、竹中さんの仕事に対する考えが理解でき、「何をするべきか」が見えるようになった。
 
「お、やればできるじゃん」
 
できたパズルを持って行くと、竹中さんはニヤリと笑って言った。
そこから、僕と竹中さんの関係性が変わったように思う。
 
まず、多少の暴言に動じなくなった。
「竹中さんは優しい」とインプットされたので、「ダメだ!」と罵倒されても、(心の中で花の名を唱えつつ)聞き流せるようになり、次に発せられる「どうすればよいか」を待ち構え、キャッチできるようになっていった。
 
そうして次第に、竹中さんの態度が柔らかくなっていくのを感じた。イライラした口調ではなく、半笑いの「ダメだ!」に変わっていった。
 
最近では、仕事で詰まりそうな時、わざと竹中さんに怒られにいくこともある。
 
そうすると、竹中さんはニヤ二ヤしながら「ハァ~、お前はホントにしょうがねぇな」とボヤく。ボヤきつつ、「バカ、どうしたらいいかもう分かるだろ?」と罵倒する。
 
僕は「すいません。分からないのでヒントください」と軽口で返す。
 
そろそろ、花の名は唱えなくてもよさそうだ。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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