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メディアグランプリ

やさしいストーカー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:村尾悦郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「地元民の村尾さんに言うのもなんですが……この街の人たちって、ちょっと怖くないですか? 」
 
ハンドルを握り、目線は道路に合わせたまま、松山さんは助手席の僕に訊ねた。
 
「え?」
 
僕は質問の意図が分からず、聞き返す――。
 
松山さんは、僕が地元にUターンしてから出会った友人だ。僕がUターンする少し前に越してきた移住者で、とある催しで知り合ってから、共通の趣味を通じて急速に仲良くなっていった。
 
この日も、二人で車に乗り合わせてイベントに参加し、帰宅する途中だった。車内でイベントの感想をひとしきり語り合い、話も尽きた頃に松山さんが「この街の人たちって、ちょっと怖くないですか?」と、突然、別の話題を振ってきたのだ。
 
「怖いというと?」
 
もう一度僕が聞き返すと、松山さんは堰を切ったように体験談を語りだす。
 
「オレ、移住したての頃に近所の人に呼び止められたことがあったんです。『あなたは誰? どこから来たの? どこに住んでるの?』ってすごい勢いでいろいろ聞かれて。そのことがちょっとトラウマなんですよね」
 
その頃の僕はまだUターンして2ヶ月未満。それまで住んでいた東京の「必要以上に他人と干渉し合わない」感覚が残っていたので、同じく東京で暮らしていた松山さんが感じた「怖さ」がなんとなく理解できた。それと同時に、田舎の人たちの「そういう習性」も分かっていたので、
 
「ああ、確かに都会だとそこまで聞かれることはないですね。でも……まあ、田舎の人ってそんなもんですよ」
 
と、なだめるように答えた。しかし、彼の勢いは止まらない。
 
「いや、ハンパじゃなく根掘り葉掘り聞かれるんですよ? 住所は場所を特定するまで詳しく聞かれるし、『奥さんはどこの出身なの? 仕事をしているの? どこに務めているの? 子供はいるの? 何人いるの? どこの学校に通っているの?』って、家族のことまで……。『どうしてそんなことまであなたに教えなきゃいけないんですか!?』とも言えないから、テキトーでも答えるしかなくて……もうホントに怖かったんですよ」
 
初対面の人にプライベートのことを質問攻めにされ、たじろぐ松山さんが容易に想像できた。
 
「え、そんなことまで? ……それは確かにキツいですね」
 
そんな言葉しか出なかったが、僕は松山さんに深く同情した。
 
「でしょ? なんでそんなに他人のことに興味を持つんですかね? あれじゃまるで“ストーカー”ですよ……」
 
疲れをにじませた声で、松山さんはボヤき、話題はそこで途切れた――。
 
(なぜそんなに根掘り葉掘り聞いてくるんだろう?)
 
(「相手が怖がるかも」、なんて考えないのかな?)
 
(僕も松山さんのように“ストーカー”に出会ったらどうしよう?)
 
松山さんの様子と、“ストーカー”という表現の妙なリアリティに、彼の恐れが伝染し、いつの間にか僕も、まだ見ぬ“ストーカー”に恐れを抱きながら生活するようになっていた。
 
そうしたある日、“ストーカー”との遭遇が、ついに僕にも訪れる。
 
「あんた、どこの人かね?」
 
道を歩いていたら唐突に、背後から話しかけられた。
 
緊張が高まる心を抑えつつ、なるべく笑顔で振り向き、答える。相手は、スターウォーズに出てくる子熊のような原住民に似たおばあちゃんだった。
 
「あ、清水町に住んでいる村尾といいます」
 
「村尾さん? 清水町のどこかね?」
 
怪訝な顔をして、おばあちゃんが続けて聞く。
 
「清水町の……北の方の……」
 
「北の方? ○○医院のあたりかね?」
 
「ああはい、そうです」
 
「ああ、××さんの家が空き家やったけど、そこかね?」
 
「はい、そうです」
 
やばい。もう家を特定された。恐るべしストーカー。
おばあちゃんの眉の皺がより一層深くなり、一歩近づいてさらに質問を浴びせてくる。
 
「あんた、結婚しちょるんかね?」
 
「はい、してます」
 
「子供はおるかね?」
 
「まだいないです」
 
「そうかね。村尾さんっちゃあ、飯田の方に村尾さんっていう家があったね」
 
話題のハンドリングが急だな。
 
そして凄いぞおばあちゃん。飯田の村尾は実家だ。
 
「あっ、はい。そこが実家です」
 
そこまで言った瞬間、怪訝なおばあちゃんの表情がパッと明るくなった。
 
「そうかね! じゃあ、あんたひょっとして菊代さんのお孫さんかね!?」
 
「え?」
 
確かに菊代さんは昨年亡くなった僕のばあちゃんだが、いったいどうした? 1オクターブ上がった目の前のおばあちゃんの声にビックリしながら、なんとか答える。
 
「……はい、そうです」
 
「まぁー、そうかねそうかね。私ね、杉田と言います。おばあちゃんにはね、とってもお世話になったんよぉ」
 
そう言われても、僕は杉田さんとは初対面なのでピンとこない……こないのだが、杉田さんはとても嬉しそうだ。その後10分ほど、杉田さんは僕の祖母との思い出話を語ってくれた。子供の時に一緒に遊んだ話、教師をしていた僕の祖母に、杉田さんの息子さんたちがみんな勉強を習った話。年を取ってからあまり会えなくなって寂しかった話……などなど。
 
その時、僕は気づいた。
 
「どこに住んでいるのか?」
 
「結婚しているのか?」
 
「どんな仕事をしているのか?」
 
彼らにとって、本当はそれらはどうでも良いことだった。
 
「どこかで一緒にいたかな?」
 
「どこかでつながる親戚ではないかな?」
 
「誰か共通の知り合いはいないかな?」
 
ただ、相手との「つながり」と「話題」を探していただけだった。喋り方が少しぶっきらぼうなだけで、誤解されやすいだけだ。
 
矢継ぎ早に繰り出される質問も、「早く、共通点や盛り上がる話題を見つけて、距離を近づけたい」という気遣いや、やさしさからだった。そう思えたら、もう目の前の人が“ストーカー”などとは感じなくなり、純粋に会話を楽しめるようになった。
 
「ああ、この街の人たちは“ストーカー”じゃなかった……でも、分かりにくいわ!」
 
安心したと同時に、心の中で街中につっこんだ。
 
 
 
 
***
 
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2019-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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