「美化委員会、辞めます」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:奥村まなみ(ライティング・ゼミ火曜コース)
いまのスマホを使いだして、はや3年。
「最近、充電がすぐ切れるなぁ……。そろそろ買いかえようかな」
ふらっと携帯ショップに立ち寄ってみる。
「乗り換え、お考えですか?」
いきなり、店員さんにつかまる。
「いや、ちょっと……その、充電が……」
もじもじしているうちに、商品や料金プランの説明がつぎつぎとはじまり、気がついた時には、おおよそ1時間は経過していた。
「最後に、先ほどお話していたカメラ機能、お見せしておきますね」
「別にいらないのだけれど……」そう思っているうちにも、説明はどんどん進んでいく。
「どうも、ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」
ようやく店を出られた。
「にしても、最近のカメラ機能ってすごい」
まるで、人間がパソコンのかぶりものでもしているような、早口で、効率的な店員さんの説明を思い出す。
「小顔にできる機能がついていて、自然な感じで、小さく見せてくれますよ」
「目を大きく見せる機能は、インスタ映えしますよ」
「自動で背景をぼかしてくれて、おしゃれな写真がとれますよ」
わたしが知らないところで、カメラの世界も、すいぶんと進化しているようだ。
それにしても、この機能、ほとんど詐欺ではないのか。
実物とはかけはなれた写真に、知らないうちに、見る人はだまされている。
そんな風に思うわたしは、もう時代遅れなのだろうか。
当たり前のようにスマホに搭載されている、こういったカメラ機能に、どこか危機感のようなものを感じてしまう。
というのも、以前に、あるモデルが密着取材されていた、某ドキュメンタリー番組を見た時のことを思い出したからだ。
その数日前に、本屋にいたわたしは、その人が表紙になった雑誌を手に取っていた。表紙に惹かれて購入したこともあって、その回の番組はぜひ見たいと思っていた。
「あんなに素敵な笑顔でうつっているモデルの私生活は、きっとハツラツとしていて、健康的で、いつも、どんなときも、輝いているのだろうな……」
雑誌の表紙を、じっと見つめるわたし。
モデルへのイメージは、どんどんふくらんでいくばかり。
しかし、どうだろう。
番組に出てきたその人は、かなりのハードスケジュールで疲弊しているようだった。
その日は、撮影の仕事に体調不良で行けず、病院へ。
点滴をうけたあとで、遅れてスタジオ入り。撮影。
すると、先ほどまでベッドで横になっていたとは、とても思えないような輝いた笑顔で、カメラの前に立っている。
「あ、あの写真。私が買った雑誌の表紙になっていたものだ……」
番組内では「どんなに疲れていても、カメラの前ではそんなことは1ミリも見せない」というような文句で、その人が「プロであるということ」を、前面に出していた。
しかし、わたしは、ちょっとガッカリしてしまったのだ。
「あれは、ハツラツとした日常を切り取った写真などではない。撮る側も、撮られる側も、かなり無理したうえで絞り出された一枚だったのだな」
番組を見終わって、ふたたび雑誌の表紙を、じっと見つめるわたし。
「これは、点滴を終えたばかりのモデルが見せた、カメラの前での一瞬の笑顔」
「画像の加工も「自然」と思われる程度に、ほどこされている」
「どうやら、わたしは、ものすごい勘違いをしているな」
もちろん「モノをよく見せる」ということは、とても重要なことである。
この場合も、売れる雑誌にするためには、あたり前の姿勢ともいえる。
誰もが、自分をよく見せるためにおしゃれをするし「よく見られたい」という願望そのものが、人を磨く場合もある。
しかし、その写真を見る側には、ちょっとした注意が必要な気もするのだ。
「よく見える」ということの裏には「現実は、そうではない」ということがひそんでいる。
さらには、自分が勝手に「自分の見たいように見ている」可能性が高い。
そんな思い込みとも言える見かたを、人は、知らず知らずのうちにしているのではないだろうか。
ましてや、小顔機能が搭載されたカメラを、誰もが手にすることのできる時代。
それが、わたしのような「勝手な思いこみ人間」を増殖させる一因に、なってはいないだろうか。
ところで。
「結婚は修行」らしい。
「らしい」というのも、わたしはまだ結婚していないから、真実のところはわからない。
新婚夫婦に「結婚ってどう?」
そう聞くと、ほとんどが「いいよ~」と返ってくる。
何年か経って、また同じ質問をしてみる。
「結婚ってどう?」
「……修行だね」
「修行」と答える人たちの表情は、なんとなく、きつそうな、そんな感じ。
そこにあるのは、おおよそ「結婚前の理想」と「結婚後の現実」とのギャップなのだろう。
「こんなはずじゃなかったのに……」
「思っていたのと、ちがう」
そんな言葉の背景には、やはり「勝手な思いこみ」が含まれていそうだ。
そして、それをつくり出しているもの、それもやはり「自分をよく見せようとする自分」と「自分が見たいように見ている自分」という「自分」以外のなにものでもない。
こういった思いこみは、どうやら、雑誌の表紙上や、スマホの画面上だけで起こっていることではないようだ。
わたしもいつか「修行」の身になるのかもしれない。
小顔機能付きカメラも、おそらく、近日中には持ってしまうことになるだろう。
しかし、あえて、ここに宣言したいとおもう。
「わたし、美化委員会、辞めます」
「自分を美化して見せようとする活動」も「相手を美化して見る活動」もない人生は、なんだか生きやすい、そんな気がするのだ。
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