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雨の日に傘はささない


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記事:齋藤 勇磨(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
梅雨入りした。
ここのところ、異常に熱く埃っぽい日が続いたので、雨を見るとホッとした気持ちになる。
 
私は、雨の日に傘はささない。
少し濡れながら歩いたが、思ったより雨足が強い。
いったんコンビニに入り、雨宿りをする。
 
そばに咲く紫陽花が、雨に打たれて揺れる。
濃緑の葉には、カタツムリが止まっている。
ツノにあわせて、顔を動かす。
じっと眺めながら、小学生の頃を思い出していた。
 
小学生の頃には、お気に入りの傘を持っていた。
誕生日に買ってもらった黄色い傘だった。
雨の日になるたび、ウキウキしながら歩いて帰った。
 
雨が降るとよく道路の所々に水たまりができる。
長靴でわざと入り、水たまりを覗く。
黄色い傘の向こうに、空と雲が映り込む。
じっと見ていると天に吸い込まれるような気がした。
雨の日は、帰るのがいつもより遅くなった。
 
小学3年の6月のことである。その日は土曜日だった。
昼過ぎに、帰り道の途中にあるスーパーで、母と合流することになった。
うちの家族が、日頃から使っているスーパーだった。
車2台が、やっとすれ違えるぐらいの道をはさんで、店と駐車場がある。
2歳違いの弟は、先に母親と一緒に車に乗っていた。
 
弟とは、何かと張り合う関係だった。
彼は、年上の私が先にいろいろと買ってもらえるのを、いつも悔しがった。
その日も、誕生日に買ってもらった傘を貸してくれ、としきりにせがんだ。
 
母は駐車場に車をとめ、先にスーパーに移動していた。
弟がぐずるので、私は傘を貸してやり、雨を避けるように、店に駆け込む。
突然、すぐ後ろで、急ブレーキの音と、けたたましいクラクションが鳴った。
振り返ると、弟が道に倒れていた。
 
ぐったりとした弟を、母が抱き上げ、つんざくような声で泣きながら、何度も名前を呼ぶ。
周りを、スーパーの客がぐるりと囲み心配そうに覗き込んでいる。
「傘をさしていたから、前がよく見えなかったのね」
そうささやく声が聞こえてきた。
やがて救急車が到着した。
泣き叫ぶ母と動かない弟は、運ばれていった。
 
私は、父が迎えに来るまで、雨に濡れながら、少し離れた場所で立ち尽くしていた。
あとには、弟に貸した黄色い傘が、道に転がっている。
「傘なんて、嫌いだ」。 私は、そう思った。
 
さいわい、弟は大事には至らなかった。
日頃から柔道で鍛えていたせいかもしれない。
弟は、3日後に退院した。
ただ、私は、それから雨の日に、傘をささなくなった。
 
九州生まれの私は、その後、いろいろあって、北陸に就職した。
北陸は、年間を通して雨の日が多く、天気が変わりやすいため、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほどだ。雨が降るたび、この格言を言われた。
私は頑なに傘を持たずにいたが、降り続く雨に、さすがにウンザリしていた。
 
ある日、社会人サークルで知り合った女性が、声を掛けてきた。
「車、乗ってく?」
目立つ、黄色い車だ。
急いでいたこともあり、助かります、と言って後部座席に乗った。
 
他愛のない会話のあと、尋ねられた。
「ねえ、なんでいつも、傘、ささないの?」
そう聞かれた私は、ためらいながら、弟の一件を話した。
「ふうん。よかったね。弟くんに、傘を貸してあげて」
彼女の言葉の意味が分からない。
 
「だって、そうでしょう? 弟くんが黄色い傘を持っていたから、雨の日でも目立って、相手の車が早めに気づけたんだと思うよ。もし持ってなかったら、ブレーキを踏むのが遅れたかも知れないよ」
 
私は、泣いているのを気づかれたくなくて、外の雨をじっと見ていた。
 
木の葉や軒から落ちる雫の音の間隔がだんだんと長くなる。
最後にぽたり、ぽたりと数滴の音がして止んだ。
眼の前に、黄色い車が留まる。
結婚して5年目の彼女が、「お待たせ」と手を振る。車に乗り込む。
私は、雨の日に傘をささない。
 
 
 
 
***
 
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2019-06-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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