メディアグランプリ

私のソウルフード


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:不破 肇(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「鉄板が出てこなかったら、やってないねん」
 
慣れた手つきで、コテを使ってお好み焼きをひっくり返しながら、店主のおばちゃんが言った。
その店は私の故郷、兵庫県西宮市にある「ぼくのや」というお好み焼き屋さんだ。
 
1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災でお店が全壊したが、大きな鉄板だけが瓦礫から出てきたのだ。
 
「震災の後、全壊した店見て止めよう思ってんけどな……鉄板が見つかって、神様がやれって言ってるんやなと思ったんよ」
 
10年ほど前に店主のおばちゃんと交わした会話だった。
全壊からお店を再開したおばちゃんの言葉に、
「俺も頑張らなあかん」と思った。
当時、起業をして崖っぷちの状態だった私は、その言葉にとても励まされた。
 
「ぼくのや」は阪神電車本線「香櫨園駅」から徒歩5分のところにある。
外観は、白い四角い建物で、紺色の暖簾に「ぼくのや」と白字で店名が書いてある。震災で建て直しているので、建物自体は昔と違うのだが、暖簾が変わっていないので、店構えは昔とそれほど変わらず、どこか懐かしさを感じるほどである。
 
店内は、震災後に見つかった大きな鉄板(横1,200mm×奥行き900mmぐらい)が2枚並んでいるカウンターと、2名掛けのテーブル席が2つ。
席数が少ない人気店なので、昼は当然のごとくお店の外に行列が出来る。
 
名物はトッピングの「後玉(あとだま)」。
お好み焼きの生地が程よく焼けてきたタイミングで、おばちゃんが片手で卵を「パン!」と割って直接鉄板に落とし、半熟ぐらいになったところで生地をその上に豪快に乗せる。
これがたっぷりの濃厚ソースに、いい感じに絡んで味が深まる。
あとはお好みで、一味唐辛子をつけて食べる。
 
さて、その「ぼくのや」を私は日本一のお好み焼き屋さんだと思っている。
ひょっとすると味だけなら「ぼくのや」より美味しいお店に行っているのかもしれない。
しかし、横浜暮らしが30年近くなるが、まだこの店より美味しいと思うお好み焼き屋さんを知らない。
それは「ぼくのや」のお好み焼きに、家族や友達と食べた思い出や、その時代に生きた証が染み込んでいるからだと思う。
「じゅ〜」という音、ソースの匂い、鉄板とコテが当たる「カチカチ」という手際の良い音、コテで食べるヤケドするほどの熱さなど、五感の全てに染み込んでいるのである。
 
私は現在横浜に住んでいるが、出張などで関西に行った時は時間の許す限り「ぼくのや」に行くのである。そして、お好み焼きを食べると、全身が癒される感覚になり思わず頬が緩む。
まさに魂のご馳走なのだ。
 
でも、もっと好きなお好み焼きがある。
それは、妻の作るお好み焼きだ。
私は、今から15年前、当時2歳の息子がいるにも関わらず脱サラをして会社を立ち上げた。
資金もなく、自転車操業で給料も取れず苦しい時期があった。
資金繰りが苦しくなって、渋谷にあった事務所を賃貸マンションの自宅に引き上げたことがある。3LDKの賃貸マンションの1室を事務所にしたことで、6畳1間に、妻と息子と3人で川の字で布団を敷いて寝ていた。
その時は夜中に急に目が覚めて、息子と妻の寝顔を見ながら、先のことが不安になり、お尻の穴のあたりがゾゾゾゾ〜と寒くなる感覚に襲われるようなことが度々あった。
そんな苦しい時期、我が家のご馳走は、お好み焼きだった。
 
妻:「今日何する?」
 
私:「お好み焼き〜」
 
妻:「また? 好きやなぁ〜」
 
これが毎度の夫婦の会話だった。
この味に私はどれだけ元気をもらったか分からない。
 
歳月が流れた今も、我が家のご馳走は変わらない。
そして妻の作るお好み焼きを食べると、
 
「2度と家族に辛い思いをさせないぞ! 」

と思うのだ。
 
親や兄妹で過ごした青春時代の故郷の「ぼくのや」と、大人になってから家庭で食べる「妻の作るお好み焼き」は、私の人生で、切っても切り離せない大切な食べ物なのだ。
 
だからこの2つの「お好み焼き」は、私のソウルフードなのである。
 
 
 
 
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2019-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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