メディアグランプリ

新入社員に西洋薬ではなく漢方薬を飲ませた理由。


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「ピコーン」
LINEの着信音だ。
「先輩、おひさしぶりです。 お元気ですか?」
「私は、派遣ですが新しい職場で、翻訳の仕事を楽しくやってます」
「本当に色々ありがとうございました」
「東京に来る予定あれば、その時は一杯奢らせてください」
「絵文字」
 
「うう…」
頭が痛い。
前の日、営業先の接待でワイン飲みすぎたことを思い出す。
 
そのLINEは半年前に会社を辞めた後輩からだった。
 
私は布団から這い出し、ベッド脇の小さなテーブルからペットボトル水を取り、ひと口飲んだ。
「よかった……」
喉を通るぬるい水と一緒に、長い間刺さっていた魚の小骨が流れていくような気がした。
 
半年前、後輩から
「私、会社辞めようと思います」
と打ち明けられた時は、驚きやショックというより、
「そっか、そうだよね」と思ってしまった。
 
彼女は新入社員として私のいる福岡の営業2課に配属されてきた。
営業2課は課長、入社8年目の私、同じく入社8年目の同期、6年目の後輩の計4人だが、私以外は全員男性。
当然といった空気で、私が教育係に任命された。
彼女は海外へ1年間の留学経験があり、他の新入社員よりも1つ上の23歳。
美人ではないが、笑うとくしゃっとした顔になり、私はそれを「かわいいな」と思った。
 
私はそれまで新入社員を教えたことがなく、また自分が新入社員の時に先輩に教育係としてついてもらったこともなく、正直教え方も彼女との接し方すらわからなかった。
 
最近うちの会社は新入社員教育に熱心で、配属前に1ヶ月間の合宿をし、そこである程度の社会人マナーや業界知識を叩き込んで、新人を送り込んでくる。
「自分の普段の仕事を見せて、少しずつサブで仕事を任せていけばいいから。 気楽にやって」
上司からそう言われ、私はとりあえず客先に同行させたり提案資料作りをサポートさせることにした。
 
しかし、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月経っても、彼女のやる気を感じる瞬間が見られない。
真面目に取り組むのだが、その仕事への興味があるようには思えない。
例えば資料作成を任せてみると、作業内容やEXCELの操作については質問してくる。
また、簡単なクレーム処理を任せてみると、その場の立ち振る舞いや準備物を聞いてくる。
その度に対処方法を教えて理解させるのだが、同じことが起こった時にまた聞いてくる。
根本を理解できていないし、理解するための質問をしてこないのだ。
 
「この子はもしかして、この仕事に興味が無いのでは? 指導方法をきちんと考えた方がいいのかも…」と気づいた時、私は両親のことを思い出した。
 
私の両親は薬剤師だ。
父親は東洋医学で漢方薬を扱い、母親は西洋医学で市販の西洋薬を扱う薬局を経営していた。
私が風邪をひいて寝込むたび、父が漢方薬の葛根湯を煎じて寝床に持ってくる。
私は決まって、
「嫌だ! お母さんの薬がいい!」
とゴネる。
私は子供ながらに西洋薬の方が苦くなくて、またすぐに楽になれるのを知っていたからだ。
 
風邪を治すのに代表的な漢方薬に葛根湯や麻黄湯と言った薬があるが、これらは熱を出させて体の悪いものを出し切って風邪を治す。一方で西洋薬は、頭痛や発熱などの症状自体を和らげて楽にしてくれるもので、解熱作用が含まれているものも多い。
その場で早く楽になりたかった私は、毎回「お母さんの薬」を懇願した。
 
ある日、また風邪をひいた私に薬を拒否され悲しそうな父親の横で、見かねた母親が静かな口調で言った。
「あんたの体をみて、この薬を選択してるの。 根本を治して早く治すには、苦しくても漢方薬なの。 対処的に辛さを和らげて長引かせてしばらく遊びに行けなくなるのと、きつくてもさっさと治して遊びに行けるの、どっちを選ぶ?」
 
私は辛くても早く治すことを選択し、葛根湯を飲んだ。
 
そろそろ、西洋薬じゃなくて、漢方薬に切り替えないと行けない時期かもしれない。
 
「今日空いてる? 軽く飲みに行かない?」
私は彼女を誘った。これまでも数人で飲みには行っていたが、2人で行くのは初めてだ。
 
会社近くのスペインバルのカウンターで、マスターお勧めのブルーのカクテルを飲みながら、彼女は色んな話をしてくれた。
 
本当は語学を活かした仕事をしたいこと。
営業の仕事は自分の性格には合わないと思っていること。
結婚したいと思っている彼氏を東京に彼氏を残してきたこと。
就職試験の面接ではとにかく受かりたくて、なんでもやります、どこにでも転勤できます! と言ってしまったが本当にそうなってみて辛くて仕方がないこと。
親には、大きな会社に入れたのだから、とりあえず3年は働け! と言われていること…
 
社員の採用には莫大なお金がかかっていることは知っている。
人事部の同期が聞いたら「引きとめろ」と言うのも分かっている。
 
でも私はつぶやいてしまった。
「大きな会社だから、という理由だけでここにいるんだったら、3年我慢して何か変わるのかな」
 
彼女を引き留めるため、なぐさめて、営業の仕事のつらい面を隠して、楽しい仕事だけを与えて形にするという対処方法もきっとできないことは無かった。
 
でも、私は漢方薬を選んだ。
それが合っていたのかは私には分からないし、多分その答えは一生分からない。
 
けれど、彼女が楽しそうに近況を知らせてくれて、私は少し救われた。
 
 
 
 
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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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