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あがり症はウェイト


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【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:渡邊眞也(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あがり症でなければ……」
 
人生で何度つぶやいたか分からないセリフだった。
 
あがり症だと気づいたのは、中学3年生の時、壇上に上がり、発表するときのことだった。決まった文章を見ながら、読むだけだった。頭が真っ白になり、全身が震え、汗が吹き出した。結局、何も意味のある言葉を喋れず、舞台の袖に逃げた。
 
そこからは、逃げてばかりだった。
 
授業で手を上げて発言することも嫌になった。
 
それは高校になってからも引きずった。「また休むの?」と担任の先生からは怒られた。体育祭とか全校の行事になると、体調不良を理由に3年間ずっと欠席した。予備校の少人数のところに通って、何とか勉強は続けられた。
 
大学に入れば、環境が変われば、知っている人がいなければ変われる! そう願っていた。でも、大学生活を楽しむ先輩や同級生には馴染めなかった。自分に出来る専門職を探そうとしていた時に税理士の資格を知った。ちょうど経営学部に通っていたし、いいかな、と思った。調べると受験資格には大学卒業の他に、簿記の資格もあった。苦しい大学生活からは、逃げたかったこともあり、親に伝えた。「バカヤロー! 大学をやめてどうするんだ!」と親父には怒鳴られた。そして、3日間、口を聞いてくれなかったが、最後に認めてくれた。もちろん「早く税理士になりたいから、やめるんだ」で通した。
 
大原簿記学校に通い、その年の11月に簿記一級を取った。家に居辛かった事もあり、働きながら、税理士の資格を目指すことにした。そのとき大原簿記学校の掲示板にある簿記の資格を活かせる仕事は、女性の募集ばかりだった。仕方なく、全く畑違いのITのオペレーターの契約社員でまず1年働くことにした。
 
幸か不幸か、その職場の居心地が良かった。会うのは限られた人たちで緊張することが無かった。大原簿記学校で一緒に学ぶ人達が皆年上の方達ばかりだった。だから「税理士は30代になってもやりたければ、もう一度目指すことが出来る。ITの方が向いてるか1度試してみよう」と方向転換を決めてしまった。
 
仕事はプログラマーやネットワークエンジニアなど、自分が思う、「多くの人に会わずに済みそうな職種」に何回か転職を繰り返した。30歳になった時に、このままじゃいけない、と思った。20代のうちも、あがり症克服しようと話し方教室に通ってみた。また、スキルアップできるかな、とビジネススクールに通ったりもした。それでも、自分を変えることは出来なかったから、30歳になって焦った。
 
今度は普段からしゃべらなきゃいけない職種にしようと、営業をサポートするエンジニアに転職した。
 
営業担当者とお客さんの会社に同行して、主に技術的な点を説明すること。社内のエンジニアチームと相談したりすること。この2つが日常の業務だった。しゃべることが苦痛だったけど、何とか普段の業務はこなせるようになってきた。ITイベントでの説明をするだとか、他社の営業担当者50名の前で商品説明をするとかは、断り続けた。結局12年働いたけれど、何かが大きく変わったりはしなかった。
 
転機を迎えたのは、2018年8月、偶然のことだった。知人から突然、「私、セミナーを開いたりするんですけど、どうしても緊張しちゃって。何かいい方法とか知りませんか?」と聞かれた。彼女は、私が、あがり症である事を知らなかった。ただ、私が色んなスクールやセミナーに通ったこと。そして、多くの本を読んでいると思って、聞いてきただけだった。
 
このタイミングで聞かれたのは何かの縁だろうと思った。
 
ネットを調べると、心療内科、催眠療法が多くヒットする中、目についたのは、「あがり症克服協会」だった。「そのまんまの名前だな」と思いつつ、ウェブサイトをチェックすると、来月に1日のセミナーがあった。何かの縁と思って調べ始めた訳だし、とすぐに申し込んだ。
 
「何をさせられるところなんだろう?」とドキドキしながら、当日を迎えた。
 
1日のセミナーではずっと心臓がバクバクするのを感じながら、自己紹介、発声練習、そして2分間スピーチと続いた。参加している他の方も皆さんも、あがり症だと思ったら、その教室で話すためのハードルが下がった。気がつくと、あがってはいるけれど、話せている自分に気づいた。
 
これなら変えられる!
 
翌月のアドバンスコース、今年3月のインストラクター養成コースまで一気に通った。インストラクター養成コースには、私を含めて6人で2日間のコース。あがり症という重荷を背負って、ここまで来たことから一体感が生まれた。
 
気がつくと「あがり症でなければ……」と、考えることが無くなった。途端に心が軽くなった。
 
「あがり症でなければ、何がやりたかったのだろう?」と、考えると、大好きな日本酒のよさを伝えることだった。人前で話すのが苦手では、もちろん出来なかった事だ。日本酒学講師という、そのまんまの名前の資格があった。何年か前に受けるのを諦めていた事を思い出した。
 
今ならやれる、とまず受験に受講が必要な7月の講座に申し込んだ。3日間の講座、最後が、10分間のミニ模擬講座だった。お題が与えられたのが、直前の2日目の最後だった。練習もする時間があまりなかった。それでも緊張は感じたけど、やりきれた。
 
あがり症で悩み続けながらも、悶々としながらも、好きな日本酒のことを勉強してきた。あがり症という悩みをズッシリと感じていたからこそ、「人よりも頑張ろう」と知識を蓄えてきた。それがようやく実を結ぶ。人生がようやく拓けてきた。まずは8月の試験本番だ!
 
 
 
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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