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将棋は、最高のコミュニケーションツールだ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大杉 祐輔(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
将棋が好きだ。小学生のころから指し始めて、もう10年以上。長らく将棋から距離を置いた生活をしてきたが、最近は将棋熱が戻ってきて携帯のアプリでほとんど毎日指している。今振り返れば、人生で大切なたくさんのことを、将棋から学んできたと思う。
 
 
指し始めたのは小学校4年生のころ、きっかけは父親と遊びで盤を囲んだこと。
 
 
「私を幸せにしてくれるって言ったじゃない!!」バチンと響く、鈍いビンタの音。それきり続く、不気味な静寂。両親が話し合っている部屋の様子を、私と姉は真っ暗な寝室から、息を殺して覗いていた。ある日、サラリーマンとして働いていた父のYシャツから、口紅の跡が発見された。それがきっかけで、私が小学生のころ、父は私たち家族三人と離れて別居生活を始めた。
 
 
父親は基本的に優しく真面目だが、たまに神経質な怒り方をすることがあった。しかし別居生活開始後、私や姉に叱ったり厳しいことを言ったりすることがめっきり少なくなった。その代わり、我々と遊んでくれる時間が増えた。父なりの、多感な時期の子供たちへの気遣いだったのだと思う。
 
 
父と母の間に、どんなやりとりがあったのか、詳しいことはわからない。今となっては両者の心情を具体的に想像できるのだが、こうした部分は子供のころの私にはとても踏み込めない、繊細な領域だった。これから家族はどうなるのか?今のまま皆で楽しくやっていくことはできないのか? そんな言葉を父にかけようとするたび、胸が苦しくなる。言葉がのどにつかえる。消化不良の感情に、こころがじりじり焼かれる。
 
 
しかし、そんなときに私と父の間を取り持ってくれたのが、将棋だった。父は段位などを持っているわけではない初心者だが、腕に自信はあるようで、私はいつもコテンパンにされていた。「もう一局!もう一局!」と、負けるたびに涙目で次の試合をせがんだ。このころの私と父を結び付けていたのは、ほとんど将棋だけだった。なぜなら、週に一度我が家に帰ってきては夕方には出て行ってしまう父と将棋を指す楽しい時間が、私と父にできた新たな絆だった。
 
 
将棋は初心者から始めて一勝するまでに、長い時間がかかるゲームだ。玉の守り方から始まり、戦術の選択、基本的な手筋、終盤の寄せ方。覚えなければならないことは山ほどあり、かといって丸暗記しただけでは習得できない。実戦で覚えたことを試しても、うまくいかなくてコテンパンにされる。
 
 
悔しい。悔しい。涙が出るほど悔しい。しかしそうした負けから反省点を探して、自分の中で反省点を見つけていく。週末に母親に書店へ連れて行ってもらったときは、将棋本コーナーにかじりついて知識を吸収する。これだ! と思った本は身銭を切って購入し、盤面を何度も並べて流れを理解する。
 
 
将棋を勉強するのは楽しかった。居飛車、四間飛車、中飛車、向かい飛車……。将棋の戦法は山ほどあり、玉の守り方も無限大。これらを組み合わせて自分なりの戦術を組み立てるのは、テレビゲームよりも自分を夢中にさせた。家族仲のことや、これからへの漠然とした不安を忘れさせてくれた。そして何より、将棋を通して自分なりの戦術を練り上げて、父親に思いっきりぶつけることが、父に対してできる最大限のコミュニケーションだった。「勝ち」を目指して真摯に盤に向き合う中で、父の頭の奥底の部分と対話できる気がした。「棋は対話なり」という将棋の格言があるが、まさにその通りだと思う。
 
 
こうした経験を積むうちに、ついに自分は簡単には父に負けなくなった。日々将棋本と向き合って研究してきた戦法や手筋の数々が、やっと自分の中で機能し始めたのだ。このころ私は中学生になり、父は神奈川への単身赴任が決まったため、私の住む岩手県から離れて暮らすことになった。父と将棋を指す日々は一区切りになったわけだ。
 
 
再び将棋を指すようになったのは、高校入学後。中学時代は将棋を指す相手がいなくなったため、中学時代の三年間はバドミントン部で汗を流す日々だった。しかし、あのころ感じた将棋への思いは胸の中でくすぶり続けていた。もっといろいろな人と将棋を指してみたい! という一心で叩いた囲碁将棋部の部室は、いつも大きな笑い声であふれていた。人見知りが激しく人と話すのが苦手な自分も、将棋を通してなら仲良くなれた。
 
 
そして高校の将棋部では、圧倒的な才能の壁にぶつかり合うことになる。同期で入った同じ中学出身の岸田とは、高校に入ってはじめて仲良くなった。二人とも将棋好きで、明けても暮れても二人で将棋を指していた。昼休みも将棋、放課後も将棋、休みの日も将棋。楽しい日々だったのだが、岸田にはほとんど勝てなかった。数学や論理的思考が得意で、どんな戦法も指しこなしてしまう岸田。それでも勝ちたくて、集中して、ナイフのように思考を研ぎ澄ませる。考えうるすべての選択肢を、思考がショートするまで読み切る。将棋は創造力と創造力のぶつけあいである。だからこそ、終わった後はその人のことが、もっと理解できたような気がして、くらくらするくらい嬉しくなるのだ。
 
 
将棋は、ただの遊びの枠を超えたコミュニケーションツールだ。いまはネットでいつでもどこでも将棋が指せるが、私はできれば面と向かって相手と指したい。81マスの盤面に映る、相手の奥深くの表情を垣間見たとき、あなたもきっと将棋の楽しさを知るだろう。

 
 
 
 
 

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2019-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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