だから、彼女は家に帰る
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記事:てぃーこ(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
「ごめん。帰れなくなった」
突然友人から連絡があった。
県外に住む育休中の彼女は、お盆で混む前の7月後半から帰省する予定だった。
早くから連絡を取り合って会う計画を立て、お互いとても楽しみにしていた。
「いろいろあって……また会った時、話すね」そのメッセージが来て、話しは終わった。何かあったとは思ったが、言葉で伝えたいのだろう。私は、何も聞かなかった。
それから、1か月くらい経った時だった。
「お盆中は帰れることになった」と連絡があり、数時間だけ会うことになった。
お互い実家が近く、近所に新しく出来たコーヒーチェーン店に行くことにした。
生後7ヶ月になる女の子を抱っこし、彼女はソファー席に座った。
「これが飲みたかったんよー」
学生の頃から変わらない嗜好で、彼女はショコラという名前の飲み物を注文していた。「昔からチョコ系好きだもんね」という私の言葉にうなずきながら、幸せそうに味わっていた。
「それでね、帰れなかった理由って言うのが……」と切り出し、彼女はこの数ヶ月の間に起こった出来事を話してくれた。
ずっとお父さんの体調が悪く、入院していたというのだ。
さっきまで笑っていたであろう私の頰が、緊張したのが分かった。彼女は、年が離れたお姉さんがいる。きっとお父さんは若くても60代後半だろう。
「3月頃に何度か吐血して、肺の検査に行ったけど原因不明でね。でも、おかしいからって精密検査をすることになったの。
で、1日検査入院する予定だったのが、2ヶ月入院になっちゃって……」
お父さんの心臓に疾患が見つかった。でも、原因はなかなか見つからなかったのだ。医師は検査を繰り返し、病名を一つずつ消去法で消して行った。
1日で帰って来ると思っていたから、お母さんは泣いていた。さらに、お姉さん、お兄さんからは「危ないかもしれない」と連絡が来た。「あのお父さんに限って、そんな……」一人遠く離れた地に住んでいたので、実感がないままだった。
検査を続けてやっと分かったのは、心臓の周りの筋肉の「老化」だった。しかし、手術は出来ない。頼れるのは対処療法のみだった。
激しい運動はしない。タバコはやめて、お酒も控える。そして、徹底的に減塩した食事。
今も、お母さんと二人三脚で歩んでいる。結果は良好だった。
家が落ち着きを取り戻したことで、彼女も実家へ帰省することが出来た。
お父さんに成長した孫たちを会わせたかったのもあるだろう。
一通り話を終えた後、この数日間で撮った家族との写真や動画を見せてくれた。みんな、楽しそうな笑顔で写っている。背が高く、体格の良かったお父さんは、一回りほど痩せていた。10キロ体重が落ちたらしい。スイカ割りをする為、グルグル回されるお父さんの周りは笑顔だった。カメラを向けた彼女の笑い声も入っていた。カメラの先に映るこの光景をどう思って見ていたのだろう。
厳しくも愛情いっぱいに育てられた彼女は、昔からお父さんとよく喧嘩をしていた。内容はいつもしょうも無いものだった。それでも、2人は真剣だった。「もう家を出る!」何度も本気でそう言っていた。だけど、彼女は毎日家に帰って行った。
結婚が決まって、今の旦那さんが挨拶に来ることになった時も、大変だった。「俺は絶対に会わないからな!」昔のドラマのような展開だ。
「会わないから、俺はパンツのままでいる」子どものようなことをお父さんは激しく言い放った。だが、旦那さんが着いた時には服に着替えて待っていてくれた。きっと、末っ子の彼女が家を出て行くことを、認めたくなかったのだ。その時、本当に家を出て行くんだという実感が沸いて、彼女はたくさん泣いた。
もちろん、結婚式でもみんな泣いていた。それは、とても幸せな涙だった。
「ありがとう。帰ったら、また連絡するね」
そう言って、急に泣き出した娘をあやしながら彼女は車を走らせた。
なんとなく毎日を過ごしている私にとって、彼女の話に喝を入れられた気分だった。全てのことは有限なのだ。当たり前だが、実感するのはいつも何かが起こった時だ。
半年ほどの間に、彼女の身の回りには私が想像していた以上のことが起こっていた。だからこそ、彼女は「今」を実感していることだろう。お父さんがいる。お母さんがいる。お姉さんとお兄さんもいて、そこに家がある。離れているから見えないこともあるが、離れているからこそ感じることも多い。
彼女のお父さんの健康を願いながら、私は、雨の中静かに走っていく彼女の車を見送った。
彼女は今日も、家に帰る。大好きな家族が待つ家に。
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