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塾講師の仕事から見えた、コミュ障脱出のカギ


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記事:大杉祐輔(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
個別指導の塾講師として働き始めて、気が付けば5年以上が経とうとしている。大学一年生から東京で某進学塾のバイトを始めたのだが、卒業した今では鹿児島の田舎町で、フリーの家庭教師として10人ほどの中学生に勉強のアドバイスをしている。しかし、人見知りしがちで人と話すのが何より苦手だった私がそんな仕事を続けているとは、昔の自分には全く予想できないことだろう。今回は、コミュニケーションが苦手な私が、塾講師の仕事を通してどのように変化していったのかを振り返ってみたい。
 
 
人と話すのは、中学時代から苦手だった。人よりも目立って、いじめられたらどうしようか。自分の発言で、相手がイヤな思いをして嫌われたらどうしようか。そんな気持ちが先行して、初対面の人と話すとドギマギしてしまうのだ。気心が知れた人以外は、同級生もみんな「さん」付けで呼んでいたほどだ。そのため、私の交友関係はいつも「深く狭く」のスタイル。本当に仲良くなった4~5人の友達と、ゲームや漫画の話で盛り上がる日々だった。
 
 
そんな私が大学時代のバイトとして選んだのが、塾講師業だった。その理由はただひとつ、時給がいいからだ。コンビニやファミレスのバイトに比べると、専門知識が求められるぶん好待遇で仕事ができる。夏休みには海外に行こうと夢を膨らませていた私には、何はともあれお金が必要だった。高校がなまじ進学校だったため、受験勉強も人一倍してきた自負がある。ネットで調べてみると、下宿先から10分ほどの近場にあるではないか、進学塾。入学式で使ったスーツを再度引っ張り出し、さっそく履歴書を書き始めた。
 
 
慣れない中央線の電車に揺られ、やってきたのは神田のビル街の一角。面接室では太鼓腹の男性を前にして、スーツ姿の初々しい学生が7~8人座っている。「いいですか、皆さんはバイトといえどもお金をもらう以上はプロです! 今日から皆さんには、集団授業で使う教え方の『型』をマスターしてもらいます。この特訓に受からない限り、わが校の授業には一切出られません!」男性は高らかに宣言した。どうやら履歴書による書類審査は全員合格のようで、ここからはいきなりの研修期間らしい。そんなのがあるなんて聞いてない! しかし高い給料をいただく仕事なのだから、それくらいは当然のことだろう。この日から週に2回ほど『型』のため、神田のビルでの特訓が始まった。
 
 
我々講師のタマゴに課せられた課題は、とにもかくにも「模擬授業」だった。数学の単純な方程式の解き方や、英語の助動詞 ”can” の使い方など、簡単な題材をテーマに3分ほどの模擬授業を行う。そしてその中で、声の大きさや教え方のわかりやすさ、そして何より『型』が取り込まれているかどうか、研修コーチにチェックされるのだ。
 
 
その最も重要なポイントは、生徒に質問すること。質問でコミュニケーションをとりながら、一つの授業を生徒と一緒に作り上げていく。「今回の授業は助動詞のCanについて。ここはテストに出るから、みんな集中して聞いてね! まずCanの意味は何だっけ? 質問するよ、はい○○くん! そうだね、「できる」だったね! これは必ずある単語の前に置くんだったね、なんだっけ? はい○○くん! そう、必ず動詞の前だね!」……というように。質問することで生徒の頭をフル回転させ、集中しながら話を聞いてもらうのである。はじめは人前で話すだけで緊張しっぱなしの私だったが、ひたすら「型」を意識してその通りに話すようにすると、だんだんと自然に話せるようになってきた。三回ほどの研修を終えて、なんとか自宅近くの校舎に派遣されることが決まった。
 
 
しかし、本校舎に派遣されてもすぐに授業はできない。現役バリバリの眼光鋭いベテラン教師、松本先生の個人レッスンをクリアしなければならないのだ。「君は説明が長すぎる、そんなことを言っている間に生徒は飽きてしまう。結論から話して、一つ例をみせるだけでいい。百回言うより一回見せたほうが早いんだ。」 なるほど、さすがはベテラン講師。個別指導よりも給料が高いため集団授業の研修を受けた私だったが、この校舎では個別指導の人手が足りないということで、まずはそちらから授業に入ることになった。しかし、2か月経っても3か月経っても松本先生から声はかからない。気が付くと、集団授業の先生が新しく入ってきて、当たり前のように授業をしていた。自分は見限られたのである。悔しくて涙が出そうだった。
 
 
しかし、悪いことばかりではなかった。個別指導は講師一人につき生徒二人の授業を同時にやるのだが、松本先生の集団用スパルタ指導を受けたことで私の「型」はさらに洗練され、生徒や先生からの評判がすこぶるよかった。また、集団は二十人ぐらいの生徒の注意を常に引き付けて話さなくてはならず、コミュニケーションも取りづらいが、個別指導では生徒の様子をみながらじっくりとつまずき部分について解説できる。わからなかった部分がわかるようになった時の生徒の明るい表情を間近で見られるのは、塾講師の無上の喜びだ。趣味が合う生徒と出会えたら、まったり雑談をしてもよい。「勉強」という共通基盤と「型」を通したコミュニケーションを通して一人一人の生徒と接するうちに、私の人見知りはだんだんに影をひそめていった。気が付くと、レベルが高く忙しいほかの校舎に引き抜かれていた。バイトは塾講師の一本で、四年間の学生生活を終えていた。
 
 

個別指導の仕事は、相手の「わからない」に寄り添って対話を重ねる、町医者のようなものだ。じっくりと相手と対話しながら、つまずいている部分に一緒に立ち向かっていく。人とコミュニケーションをとる喜びを教えてくれた塾での日々に感謝しながら、今日も私は鹿児島の中学生たちに勉強を教えている。かつての自分がうらやむくらいの笑顔で。

 
 
 
 
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2019-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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