NHKスペシャル『水玉の女王 草間彌生の全力疾走』《READING LIFE EXTRA》
昨夜遅く、仕事が終わり、いつものようにテレビをつけながら、雑誌をめくり、本を読み、さあ、明日も早いから寝るか、と思っていたら、この番組が始まりました。
始まってから、何か、一瞬にして心を掴まれる思いをしました。
その番組がこれ。
NHKスペシャル『水玉の女王 草間彌生の全力疾走』
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/0928/
あの時間にやっていたということは、僕がみたのは再放送だったのでしょう。
冒頭のシーン、ニューヨークの街を走る車の後部座席、赤い髪のカツラをつけて、大きな丸のサングラスをつけた老齢の女性を見て、最初は樹木希林さんが、映画か部隊のプロモーションでニューヨークに来ているのかと思いました。
見た目も、声も、話し方も、どこか樹木希林さんに似ていたので。
ところが、よく見ると違いました。前衛美術の世界的な芸術家だと言う。恥ずかしながら、僕はこのテレビを観るまでは、草間彌生さんのことを知りませんでした。
また、前衛美術については「わかる」自信がなかったので、作品については正直言えば、そんなに興味がありませんでした。ただ、草間さんの存在がとても気になりました。
世界のルイヴィトンが、その草間さんの増殖する水玉を自社の商品に採用し、しかも、プロモーションでは草間さんその人をフューチャリングするという。
御歳、83歳。
世界が認めた前衛芸術家。
精神を患っているらしく、彼女は精神病院で暮らし、日中はアトリエに行って絵を描くという毎日です。NHKはそれに密着していたのですが、まず気になったのは、彼女の言葉遣いの上品さです。自分のサポートをする人たちにも、「◯◯ちゃん、あれとってくれないかしら」「お兄さん、良くなったわよね。そうよね、ずっとよくなったわね」と独特の柔らかい口調で接します。
長野県松本市のとても裕福な家庭の末っ子として生まれたと聞き、なるほどと思いました。
その丁寧さゆえでしょうか、また少女のように一心不乱に絵に向き合っているからでしょうか、番組を見ていると、とてもかわいらしく見えてくるのです。
彼女は単身ニューヨークにわたり、その後彼女を象徴することになる、「増殖する水玉」と出合います。そして、それによって、芸術の世界に認められることになります。
ところが、彼女の芸術は、それにとどまることなく、全裸の人にゲリラ的に水玉を描き、自らも全裸になって芸術の一部になるというパフォーマンスを繰り返すようになり、それによって、彼女ははじめて自分の芸術を認めてくれた街を、追い出されることになります。
そして、日本に帰っても、週刊誌がニューヨークでの馬鹿騒ぎを取り立てて猛烈にバッシングし、彼女は精神のバランスを失ってしまいます。それ以降、精神病院にお世話になることになりました。
「ああ、頭がぼーっとするわ。今にも自殺しちゃいそう」
ニューヨークで、超セレブを集めたパーティーがある夜も、彼女は精神のバランスを崩し、結局はパーティーに出られませんでした。
全力で疾走し、芸術だけにのめり込み、あまりにのめり込み過ぎたゆえに、精神のバランスがうまくとれない。
なんて、真っ直ぐなんでしょうか。
なんというエネルギーなのでしょうか。
彼女はこう言います。
「夏目漱石とか、宮沢賢治とか、あの人たちは精神でやってたと思うの。だから、いつまでもひとの心に届くのよね」
それを聞き、はっとさせられます。彼女はまさに精神で芸術を具現しているのでしょう。それだから、世界の人のこころに響く。
そして、彼女を前にして自分に振り返ってみると、ちゃんと精神でやっているだろうかと焦燥感を覚えます。
論理だの理屈だのが通用しない、異次元のパワーをもった人が世の中には存在するのだと改めて知りました。
彼女が最短で1日、長くとも3日で描き上げる絵の値段が、1枚3000万円。
正直いえば、僕はその絵の存在感に圧倒されてすごいとは思うものの、それでどこがいいのか言われれば正しく答えられる自信はありません。
けれども、それは恐らくは彼女の生きざまに対する値段であって、もっといえば精神に対する値段であって、それがどうしても高いようには思えないのです。
自分の仕事を、精神でやっているでしょうか。
彼女のような純粋な情熱でやれているでしょうか。
いやー、頑張らないとな、もっとやっていいんだ、と新たな気づきを与えてくれた作品でした。
*この番組はNHKオンデマンドで観られるそうです。