メディアグランプリ

福をかかえて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:太田智絵(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「あれ? 今日、お休みでしたよね?」
「うん。そやねんけど、今日は来週の朝礼ネタを仕入れてきてん」
私は後輩に紙袋の中身を見せる。
20㎝くらいのドッジボールくらいの片面がピンク、片面が白の球が1つ入っている。
 
「これが何かを当ててもらおうと思って」
「えっ。あとでググります!」
「ちょっっ!? ググるのは無しやわ〜」
急いで紙袋を閉じて、倉庫へ向かう。せっかく休みの日にワザワザ買いに行ったネタが、ググられてネタバレするところだった。
 
「おことうさんどす」
12月13日。
京都の祇園では、舞妓さんや芸妓さんが「おことうさんどす」と日頃お世話になっている方に挨拶まわりにでかける。これを事始め(ことはじめ)といい、お正月の準備を始める日にあたる。
 
昔は、西陣や室町の商家でも「おことうさんどす」と挨拶していたそうだが、今は祇園ぐらいにしか残っていない貴重な “京ことば”である。
「おことうさんどす」とは、「事多しご繁盛で何よりです」という意味である。
 
私が買いに出かけたピンクと白の玉、それには秘密がある。
 
年末の祇園四条駅。駅を上がれば、南座の冬の風物詩「吉例顔見世興行」の“まねき(今回の歌舞伎に出演する俳優の名前が書いた札)”が所狭しと並んでいる。道行く人々がまねきを見上げたり、写真を撮ったりしている。南座は祇園の“顔”であり、南座のまねきは、祇園の“冬化粧”なのである。
 
余談だが、まねきの文字は丸くうねった太い独特の文字の「勘亭流」である。まねきに「勘亭流」が使われるのは、「客席が隙間なく大入りになりますように!」という願いが込められているからである。
 
その南座から、ほど近い、いわゆる祇園エリアに小さな老舗の喫茶店がある。近くの舞妓さんや芸妓さんが通う甘いモノのお店である。
 
12月13日。
事始めの日。
その店の軒先に、ドッチボールくらいのピンクと白の玉がたくさん吊るされている。
くす玉みたいな感じだが、上から吊るす紐はあっても、下に伸びている紐は無い。
 
この不思議な玉は、この店のご主人が、秋から1つ1つ手作りされた“福玉”だ。
 
「これ1つください!」
「割れんように、気をつけて持って帰ってやぁ〜」
店のご主人が丁寧に紙袋に入れてくださる。ご主人が手塩にかけた我が子ともいうべき福玉。最後の1つが無事に売れてゆくまで見守り続けるのだろう。私にとっても、これは大事な“朝礼のネタ”、絶対に割るわけにはいかない!
 
四条通りの人混みを慎重に紙袋を持ちながら、そろりそろりと進みゆく。
慎重に丁寧に会社まで運んだ新鮮なネタもとい福玉。後輩に「ググります!」と言われて、今は誰にも見つからないように、倉庫の最上段に隠している。
 
12月13日
事始めの日。
京都にある5つの花街のうち、最大の規模である祇園甲部。祇園甲部に所属している舞妓さんや芸妓さんは、踊りのお師匠さんである人間国宝の井上八千代さん宅へ「今年一年の稽古の感謝を伝え、来年の稽古の精進を誓う」挨拶にでかける。お稽古場には「玉椿」の軸がかけられ、お弟子さん達から届けられた鏡餅が飾られる。舞妓さんや芸妓さんは、お師匠さんからご祝儀として舞扇(京扇子)を受け取る。その所作はとても美しく、報道陣はもとより、お稽古場の外はアマチュアカメラマンで埋め尽くされる。
 
祇園甲部だけでなく、祇園の舞妓さんと芸妓さんは朝から、いつもお世話になっているお師匠さんやお茶屋さんに挨拶まわりにでかける。
祇園甲部のお師匠さんは、事始めのご祝儀として“舞扇”を渡しているが、祇園のお茶屋さんや馴染みのお店さんは、舞妓さんに“福玉”をご祝儀として渡す。
福玉は舞妓さんへの“お年玉”なのだ。
 
そして、祇園の老舗の喫茶店やお菓子屋さんでは、一般客に向けても少し福玉を販売している。
 
福玉自体は戦後にできた京都祇園だけの文化である。
福玉は人気のバロメーターであり、たくさんの福玉を持っている舞妓さんがいれば、それは売れっ子なのだ。
 
福玉は貰ってすぐ割るものではない。除夜の鐘を聞き終えてから、割る。
 
福玉の外側は薄い餅皮で出来ている。餅皮で出来ているので、炙って食べることもできる。この外皮の部分に力が加われば、すぐに割れてしまう。なので、福玉はお店に並ぶ時は、下に置かずに天井に吊るして保存している。今では、この福玉をつくれる人も限られている。気持ち的にも正月前に故意に割れてほしくない。福玉はお店のご主人が大事に大事に想いを込めてつくった玉なのだ。無事に、年を越してから開けたい。
 
肝心の中身だが、これがまた千差万別なのである。
なぜなら、入っているものによって今年の運勢を占えるのだ!
 
干支の置物が入っていたり、
七福神が入っていたり、
舞妓さんゆかりの品の小物が入ってたり、
招き猫が入ってたり、
鯛、箪笥、蔵、根付、財布……いろんなものが、意味を込められて閉じ込められている。それは福袋と似ている。
 
「福玉は舞妓さんのお年玉兼福袋。お年玉も福袋も、いくつになっても先に楽しみがあるのは嬉しいものですよね!」
といったことを来週の朝礼当番の日に実物を見せながら、話すつもりである。
しかしながら「中身が見たい!」といった要望には、いかに福玉をご主人が大事に大事につくっているかを訴えて、割られないようにすることが目下の課題である。
 
 
 
 
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2019-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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