「ふん、つまらない男ね」と彼女は吐き捨てるように言った。――女性には決して言って欲しくない男性を凍り付かせる三つのキラーフレーズ+1
記事:西部直樹(ライティングラボ)
「つまらない男ね」
と吐き捨てるように言った。
キラーフレーズ1「ちょっとお話があります」
ある日天狼院書店で雑談をしていた時のことだ。
何かの話題か忘れたが、ある既婚男性が
「妻から、ちょっとお話があるの といわれると、背筋が伸びるね」と言った。
独身の男性が怪訝そうに聞いてくる
「どうしてですか? 話しがあるだけでしょう?」
隣で聞いていた私は、既婚男性の言葉に深くうなずき、独身男性には、そっと「君、もてないでしょう」と軽く揶揄したものだ。
カウンセリングを学んでいた頃に、クライアントの話を聞く時には、「ちょっと」という言葉に気をつけろ、といわれたものだ。クライアントは、自分のことをディスカウント(小さく、些細なことと)する傾向がある。「ちょっと」と言われたら、本当は「ちょっと」のことではなく「とても」とか「大変に」とか「ものすごく」と言うことである。というのだ。「ちょっと困っているんです」なら「ものすごく困っているのです」という意味だし、「ちょっと嫌なのですよね」といったら「とっても嫌なのです」ということなのだ。
彼女から、あるいは妻から「ちょっとお話があります」と言われたら、それは「今晩のカレー、甘口と辛口と中辛のどれがいい?」というような他愛ないお話ではなく、
「ものすごく重大なお話をするので、心してきてくださいね、逃げたりしたら
容赦しませんよ、わかりましたか」ということなのである。
だから、「ちょっとお話があります」と言われたら、背筋は伸びるし、心悸昂進、冷汗三斗、がくがくぶるぶる、というのが経験を重ね、女性と清く正しくつきあってきた男の正しい反応なのである。
例えば、例えばである。あくまでもこれは私が創作した例である。
妻から「ちょっとお話があります」とラインが入る。我が家のリビングダイニングは2階にあり、私の仕事場は1階である。連絡は最近ラインなのだ。ご飯よ、とか、面白いテレビをやっているよ。とかとか。
で、このラインだ。
咄嗟に思い浮かぶのは、これまでことだ。あれとかこれとかのことだろうか、それともあれのことが露見してしまったのか、それとも黙って買ってしまったあれのことか、とか。
どういい訳をしようか。まずは謝ろう。それから、説明だ、否、いい訳だ。そして、あれを買うとか、どこそこに行くとか、あれはいいよとか、提案だ。
など、切れるカードの少なさに唖然としながらもいろいろ対処を考える。
よし、準備は万全とまではいかなかいが、可能性のほとんどはつぶした。大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、階段を駆け上がる。
お話があると言われてから、彼女の所へ行くまでに時間をかけすぎると、それはそれで話がこじれてしまう可能性が高まる、素早く行くのだ。
部屋に入り、にこやかに、にこやかに彼女に話しかける。
内心はどんなにおびえ、ひるんでいたとしても、それを表に出してはいけない。
その表情を見て、さらに追い打ちをかけられるからだ。
「はなしって何?」そそくさと隣に座ろうとすると、彼女は
「違う、こっち」と彼女の正対するところを指す。
向き合う体勢は、もうこれは対決する、という宣戦布告に他ならない。
「うんうん、わかったよ、で、なんだい」
内心は、強大なライオンににらまれたか弱い鼠のごときだとしても、鷹揚に構えるのである。
「なんの話か分かる?」
おっと、先制攻撃、フェイントだ。
なんど、この作戦にだまされたことか……。
なんの話だか、といわれて、ついあのことかと思いついたことを話すと、しめたとばかりにそのことを責められ、問い質され、叱責されるのである。そして、その後に「そう、自分から話してくれてありがとう、本題に入るわね」と言われるのだ。自ら吐露したことは本題ではなかったのである。余計なことを話してしまったのだ。
これまでの自ら掘った墓穴の数々は地平線の彼方までも続くようだ、その様を思い起こし、いろいろと考え、にこやかに、こう、答えるのだ。
「うん?なにかな、わからないよ、話してよ」
もう、ここまで来ると、内心は恐慌をきたしている。が、下腹丹田に力を入れ、震える足を押さえて、声が震えないようにして、聞くのだ。
「なんの話しかな?」
彼女はいつもより3オクターブくらい低く、真冬の風のように冷たい声で話しはじめる。
「最近、あなたさ……」
この、無意味とも思えるほどの間が、とても辛い。言葉の間には峻烈な風が渦巻く。
「食事のあとの、後片付けしてないじゃない」
……、おお、あのことでも、あれでも、つい衝動的に買ってしまったあのことでもなかった、よかった。
真冬の人気のない公園から、うららかな春の陽気の中に佇むようだ。強大なライオンと思っていたら、可憐な猫であり、自分も虎猫であることかのごとき状態だ。よかった。思わず、笑い、踊り出したくなる。しかし、表情は、深刻に、深い後悔と改悛の思いを込めて答えなくてはいけない。
「あ、ごめん、すまなかった。自分の仕事にかまけて、全然やっていなかったね。申し訳ない。これから忘れないようにするよ。忘れていたら、遠慮しないで、指摘してね。『後片付けしろ』とね」
矢継ぎ早に、陳謝、弁明、改善提案を述べていく。
これで大丈夫だ。
天はわれを見放さなかった!
と思った瞬間、彼女から、寒冷地獄に突き落とすようなひと言が放たれるのである。
キラーフレーズ2 「そういう意味じゃないの」
彼女は、氷の女王の息吹もかくや、と思えるほど冷たく平板な声で言うのだ。
「後片付けをしろ、ということじゃないの。そういう意味じゃないの」
え、どういう意味なのだ。
「後片付けをしないじゃない」と言われたから、その行動を潔く反省し、改悛し、今後の行動計画を立て、その指摘通りにしたではないか。
それ以外にどんな意味があるというのだ。
混乱する男を冷ややかに見る女……。
妻との間にあるテーブルが、深く暗い河のように思える。
ここで、焦ってはいけない。言い募ってはいけないのだ。
言外の意味をくみ取るのだ。くみ取れ、自分! と思っても、頭は空回りするばかり。
思わず呟く
「わかんないよ」
キラーフレーズ3 「あなたにはわからないわ」
彼女は、暗黒の極寒の地から届くような声でひと言を言い放つのだ。
「そう、あなたにはわからないわ」
そのひと言に凍り付く。寂寞たる氷原に置き捨てられたように。
二人の間の河は、昏く、深く、冷たく、激流が渦巻く、もう、その向こう岸に渡ることなど不可能だ。
漕ぎ出した舟は荒々しい波にもまれ、翻弄され、さまようのである。
どうしてわからないのかもわからない、凍り付く夫を尻目に、妻は「もう寝るね」といって部屋を去り、置き去りにされた夫は、ぽつねんと深く長い溜息をつくのである。
いやはや思い出すだけでも、おっと、例を考え出すだけでも恐ろしい。
女性はいつからこのような恐ろしい言葉を、表情豊かにというか冷酷な声を出して言えるようになるのだろう。
そのヒントは、娘にあった。
数年前、娘がまだ小学校低学年の頃のことだ。たまたま近くのドラッグストアに娘と買い物をした時のことである。
店内を歩き、酒類の売り場に来た時、娘はわたしにこう聞いてきた
「チチ(子どもにはこう呼ばせている)は、お酒飲むの?」
普段、ほとんど飲まないというか飲めないわたしは当然ながらこう答えた
「飲まないよ」
娘はゆっくりと振り返り、さげすむような目をして、こう言い捨てたのだ。
「フン、つまらない男ね!」
わたしは立ち止まり、しばし呆然としたあと、苦笑を浮かべるしかなかった。
そして、ああ、わたしはこの娘の父親でよかった、と思ったものである。
どこで覚えたのかはわからないけれど、見事な使い方である。
彼女は成人を迎え、男友達に使ったらどうであろう、少しでも娘に気のある男だったら……。
彼は凍り付き、弁明し、釈明し、見栄を張り出すかも知れない。
男の子たちが「○んこ!」とかいって笑い惚けている間に、女の子たちは着々と語彙と演技力を鍛えているのである。
これは敵うわけがないではないか。
おっと、ここで妻からLINEが入った。
「お話があります、あがってきて!」
なんて、こった。
え~と、あれのことかな……
***
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