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ガーデニストは処刑人


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:平本 智佳(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「これね、うちの庭で育てているミントのハーブティーなの」
「うちの庭で朝切ったばかりのバラなの。どうぞ」
そういう素敵マダムに憧れたことがある。
 
よほどのアレルギー持ちでない限り、花や緑がキライという人はいないだろう。
それが証拠にテレビのニュースでもしょっちゅう「今は○○の公園で、××の花が見頃です」と放送しているし、春の上野公園や目黒川の桜並木には、歩くのさえ困難なほどたくさんの人が集まってくる。
人を引きつける花や緑が、自分の家の生け垣や庭、ベランダなどにあったら。
それもただあるだけではなく、咲き乱れるレベルであったらどんなに素敵だろう。
見事に手入れされたお庭を持つマダムなら、アイロンのかかった真っ白なフリルのついたエプロンをつけて、柔らかくウェーブのついた髪を一つに束ねて、冒頭のせりふで友人をもてなしたりしちゃうのだ。ヒヒヒ。
よし、私もガーデニングやるぞ!
 
バラは初心者には難しすぎるが、鉢植えの花を何種類か組み合わせる寄せ植えならできそうだ。
鉢は、おしゃれなショッピングモールの休憩コーナーにあるようなテラコッタがいいかな。
背の高い草と背の低い花をどう組み合わせるか。色彩は淡くまとめるか、ビビッドにするか、それともグラデーションか。
花と笹で絵を描くような楽しさがある。
花材を買うときに花屋さんからアドバイスも受けたので、素人なりにもまとまりのあるきれいな寄せ植えができあがった。
ようし、いいぞ。この調子でベランダを「マイガーデン」と呼ぼう。
すっかりいい気分になって、朝夕カーテンの開け閉めが楽しい。用がなくても窓際にいってベランダを眺める。
さて、水やりも忘れちゃだめだ。花や草によって、霧吹きにしたりじょうろで根元に注いだりと気もつかう。
これを続けて白いエプロンの素敵マダムまであと少しだ。
しかし、ガーデニストには実は裏の顔があった。
 
鉢植えを作って10日ほど過ぎたとき、私はある異変に気がついた。
パンジーの茎が植え付けたときより1.5倍は太くなっている。花の大きさは変わらないのに、茎だけが10日ほどでこんなに太くなるものかしら。
そっと茎に指先で触れてみた。茎がなんだかプツプツしている。あれ? と指先を見て私は「ぎゃあっ」と叫んだ。
指先に薄黄色いアブラムシが数匹ついている。
そして、太くなったと感じたパンジーの茎の上から下まで全体がびっしりアブラムシに覆われているではないか。
太くなった分はすべてアブラムシの厚みであった。
背中を下からぞわぞわしたものが這い上がってくる。でも、私はこのアブラムシと戦わなければならない。
殺虫剤を水で薄めて霧吹きでかけ、筆でアブラムシをはらう。
花を守るためには数百匹のアブラムシを退治しなければならない。
 
虫のつきにくい鉢植えなら良いかもと、調べてゼラニウムだけのコンテナガーデンにしたこともある。
たしかにゼラニウムにアブラムシはつかなかった。水やりもそれほど神経質にならなくてもよい、手のかからない花だ。
これなら安心、したのもつかの間、ある日、ゼラニウムの葉に、いくつかの丸くかみ切られたあとを発見してしまう。
別の葉には黒い小さなフンも点々と落ちている。
これは何かの虫がいる! 葉の裏、花の下、目をこらして虫を探す。そして、見つけた!
茎と同じ色をした緑色の3センチほどのイモムシが、「私は茎です」とじっとひそんでいるのを。
しかも1匹ではない。目が慣れてから探すと、40センチほどのプランターのゼラニウムに6匹も!!
アブラムシの時のような集合体恐怖のダメージは少ないが、それでも「ぎゃっ」である。
こいつらを見逃していたら、ゼラニウムは葉がなくなり丸坊主になってしまう。
これにもたった一人で立ち向かわなくてはならない。
今度は割り箸で1匹ずつつかむ。するとイモムシは身をよじって「いやーん」と暴れる。
アブラムシより大きい分、生き物感が強くて、つぶすことはできない。
仕方がないのでマンション共有スペースの芝生の上に放した。無責任ですみません。なのだが、よそで好みの植物を見つけて生きていってほしい。
 
きちんと手入れされて生き生きとした草木や花は、虫たちにとってはとても魅力的な住居であり、エサであった。
人間側としても自分の身近にあるものだから、できることなら強い農薬などは使用したくない。
そうするとますます虫たちにも居心地は良くなってしまう。
きれいな庭、花が咲き乱れるベランダの裏には、終わりのない虫との攻防がある。心を鬼にして、虫を退治しなければ、葉は食べ尽くされ、茎は樹液を吸い尽くされて枯れてしまう。
ガーデニストは、花や緑を愛でる一方、非常な処刑人にならなければ、庭やベランダの美をキープできないのである。
アイロンのかかった白いエプロンなんかでひらひらしている場合ではない。
実際のガーデニングは、日差しや冬の木枯らし、土ぼこりで荒れる手肌、ずっとしゃがんで作業することで生じる膝や腰の痛み、そして勇気を出して立ち向かわなければいけない虫との戦いとずっとハードボイルドな世界なのだ。
素敵なお庭には憧れるが、生き物もキライではない。非情な処刑人になりきれなかった私には、花いっぱいのベランダは、夢で終わりそうである。
散歩途中で素敵なお庭やベランダを見つけると、この家には確実な処刑人または必殺仕事人がいるのだな。と思うようになった。
 
 
 
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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