メディアグランプリ

苦手アンテナ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ワケチ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
腕の中で赤ちゃんが泣いている。
産まれて3ヶ月。まだ首の座らない赤ちゃんはふわふわと柔らかくて、湯たんぽのようにほっかほか。わたしをお母さんと間違えて、服の上からおっぱいをくわえようと必死。だから、わたしのセーターはヨダレまみれ。
“お母さん”になった友達と会うのは久しぶりだ。
 
私は子どもが苦手だった。
 
どうも、見た目は子供大好きに見えるらしい。
「子ども好きでしょう?」とよく聞かれたし、子どもからも遊んでとせがまれる。けれど!
苦手なものは苦手。
あと少しで完成のところで飽きて他の遊びをやらなきゃいけなかったり(完成させたい……!)、支離滅裂で空想と現実が入り混じる話(そもそも聞き取るのが難しい)、見てみて! 遊ぼ! にずーっと付き合うより、久しぶり似合う友達と話したり、自分の好きなことをやってる方がずっと楽しい。
 
でも、友達はみんな「昨日赤ちゃんに会いに行ったんだ〜」とか、「甥っ子の運動会でさー!」とか赤ちゃんや子供が可愛くてたまらないみたい。
 
本当にそう? みんな本当にそんなに子供好き? ずっとあの相手をするのは大変そうだよ?
 
バスの中でギャーギャーと大声で騒ぐ子供。静かな美術館で走り回る子供。スーパーで泣きわめく子供。
自己嫌悪もあるけど、私はバスに響き渡る泣き声を煩いと思っちゃうのが本音。スーパーでひっくり帰って大声で泣く子供とか、理解できない。
それにやっぱり、ヨダレや鼻水、ウンチにオシッコは汚いじゃない。
 
あー、わたしって優しくない。自己中な人間なんだ……
 
それなのに、あんなに大変そうだと思ってたのに、子供なんて好きじゃなかったのに、40代を目前に何となく子どもがいても良いかなと思うようになった。自分でも不思議だ。
友達に言わせると、そろそろ産めなくなるかもしれない年齢になると、急に子孫を残したくなるもの、らしい。
な、なるほど。なんだか妙に納得。
そして運よく子どもを授かることが出来たのは5年前のことだ。
 
自分の子は可愛いよ! と言われていたけど、産まれたばかりの自分の赤ちゃんは、想像と違ってぶくぶくしてた。うーん……か、かわいくない。かわいくないと思ってしまった自分を残念だと思ったけれど、それも本当のことだから仕方ない。それに、産まれたからにはお世話をしないといけない。汚いなあと思っていたヨダレもオシッコもウンチも強制的に日常に組みこまれた。もちろん泣き声も!
 
肚をくくって世話をする。よく出来ているもので、母乳やミルクしか飲んでいない赤ちゃんはウンチもオシッコも臭くない。食べたものの全てがわかっていると、出てくるものも汚い感じがしない。それが徐々に大人顔負けのものが排泄されるけれど、そのころにはもう、おむつ替えなんて日常生活の一部になっている。こっちも知らず知らずのうちに鍛えられていると言うわけ。
 
そうしていたら、いつの間にか世界が変わっていた。
 
あれ? 私、子供苦手じゃない。
 
電車の中で泣いている赤ちゃんも気にならない。お父さんやお母さんは同志だ。あんなに汚くて嫌だなあと思っていたヨダレや鼻水だってへっちゃら。むしろ可愛いとすら思える。何だこれ……
自分でもこの変わりようにびっくり。あんまりな変わりように呆れて笑っちゃうくらい。
 
何が私をこんなに変えたんだろう。
 
それはただただ、一緒にいる時間だ。赤ちゃんと。子供と。
「子供」は自分の子というわけではなく、一般的な意味での「子供」だ。
子供が嫌いだった時の私は、子供と一緒にいたことがなかった。子供がどう言うものか分からなかったし、分からないから怖さもあった。それが、強制的に一緒にいる時間が作られた。子供が多い場所へ行く機会もぐんと増えた。(と言うより、子供がいない場所に行くことが極端に減った。)ああ、そうか。わたしは知らなかっただけなんだな。子供や赤ちゃんがどう言うものなのか知らなかっただけだったんだ。
泣きやませたくても泣きやまないことがあることも、子供の癇癪がいつ爆発するのか分からない時限爆弾見たいなものだってことも。
バスや電車の中で優しくしてもらった喜びだって、今はもう知っている。
 
経験として知ったと言うだけで、他にも何にも特別なことをしていないのに、「苦手」じゃなくなったら自分がずいぶん楽になった。
苦手だった時は、些細なことも「苦手」アンテナに敏感に引っかかっていた。
それはそれは精度のいいアンテナを持っていたから、こちらから探しに行くくらいの勢いで「苦手」なものをキャッチしに行っていた。
 
「苦手」なのに! 見なきゃいいのに! 自分からそれを見に行っていたようなものだ。
それって、他の全ての苦手なもの、嫌いなものに当てはまる気がする。
 
会社でどうしてもウマが合わない後輩、子供の保育園の先生、趣味の習い事で同じクラスになった人、レストランの店員さんの態度……
嫌だと思えば思うほど、「苦手」アンテナの精度が上がっていくジレンマ。
それがひとつスルーできるようになったのだ。
 
気にならなくなったら見える世界が優しい。その世界は「苦手」だった子供がいたから来られた気がしている。
 
 
 
 
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2020-03-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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