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【私的福岡】彼女との再会


koikeさん 私的福岡

記事:Ryosuke Koike(ライティング・ラボ)

 

地下鉄を降り地上へ出てみると、あたり一面、人、人、人の姿。
見渡す限り、人の波が右からも左からも、ゆったりとだが、濁流のように流れていた。
立ち込める熱気に、額から垂れる汗をポケットのハンカチで拭う。9月も中旬だが、福岡は残暑で蒸し暑い日が続いている。

「この期間」に「ここ」に来たのは初めてだ。
スマホで時間を確認する。午後6時30分。あと30分もある。
彼女との待ち合わせの時間を1時間間違えてしまい、僕は手持無沙汰だった。

こんなときはスマホをいじって時間を潰すのが常套手段だが、バッテリーの残りが少なく、使い切ってしまうと彼女と連絡がとれなくなってしまう。
どうしたものか。
やることが特に思いつかなかったので、通りを歩いてみることにした。

喧騒の波を取り囲むように、通りの両側には露店がずらりと並んでいる。
焼き鳥、くじびき、大判焼き、射的、わたがし、型抜き、りんごあめ、焼きそば、お面、イカ焼き、お化け屋敷……日本中の露店が今、ここに一同勢ぞろいしているように思えた。

僕は、歩みを止め、目の前の露店の看板を眺めた。
急に立ち止まったわりには、人の流れは僕によどむことなく流れている。

金魚すくい。
縁日でよくみかける露店だが、僕には懐かしい思い出があった。

実家で買っていた唯一のペットと言えば、犬でも猫でもなく、金魚だった。
地元の祭りで、10歳下の妹がメスの金魚を1匹持ち帰ってきた。
紅白模様のコントラストがはっきりしていて、今でも覚えている。

遊びで持ち帰ったものだからか、家族の注目をそれほど浴びず、ほとんど父親が、たまに僕が餌をやっていた。
長生きしないと思っていたけれど、長い間、実家の一日一日を玄関横の水槽で見届けていた。
実家を離れてしばらくしたある日、久しぶりに帰省してみると彼女の姿はなかった。当たり前のものが急になくなった気がして、そのときはさすがに気持ちが沈んだ。

看板の下では、遊びを終えた少年がはしゃいでいた。透明な袋に入れた金魚を、誇らしげに父親らしきに人に見せている。

僕は、再び歩き始めた。

それにしても、この人の多さは何だろう。
一説には約700の露店が並ぶ、九州一の祭りかもしれないが、この蒸し暑く息が詰まる空間にみんないったい何を求めているのか。

熱気はさらに増し、首筋にも汗が垂れてきた。
僕はポケットに手を突っ込んだ。が、ハンカチの感触がなかった。
反対側のポケットも確認するが、ない。

立ち止まり後ろを振り返る。人の頭と露店の明かりしか見えなかった。
気が付かないうちにどこかで落としてしまったのだろうか。

そう思って前を振り向くと、目の前に若い女性が立っていた。
鮮やかな色模様の浴衣と、明かりに映える結い上げた黒髪。
白く細い手には、見たことのある布切れがあった。
「落としましたよ」
差し出された手から、いつの間にかなくしたハンカチを受け取る。
「あ、あ、ありがとうございます」
突然の出来事に、その姿に、ハンカチのことは気にも留めず、女性を見つめていた。

女性も、そのぱっちりとした目でしばらく僕の顔を見ていたが、微笑んだ後、軽く会釈をして振り返り、前の方へと歩き始めた。
後ろ姿には、動きに揺られてたなびく赤と白の帯。

ひらり。
僕は追いかけていた。

ひらり。
ゆらめく赤と白の目印は、人混みの中を何事もないように滞りなく進んでいく。

ひらり。
僕は、向かってくる波と歩みの遅い波に体を取られていた。
体をねじりながら、掻き分けながら進むが、距離はどんどん遠ざかっていく。
暗闇の中に溶けていく紅白模様。

「ねえ」
突然、後ろから右腕を捕まえられた。
振り返ると、青と紫色の浴衣を着た、茶髪の彼女がいた。
「どしたん? そんな顔して」
不思議そうな顔をして見つめてくる。
「……いや、ちょっと、知り合いがおったような気がして」
「ふうん。あたしのことはほっといて?」
「え?」
あわててスマホの時計を確認する。7時を10分過ぎていた。
「ごめん。」
すぐに謝った。そんなに怒っていないようだった。
「いいんよ。さ、見に行こ」
捕まえられた腕はそのまま組まれ、並んで歩く。
後ろめたさと安心感が、ほんの少しだけ一緒にやってきた。

「わー、なつかしい!」
彼女の視線の方へ目を向けた。金魚すくいの看板。
「ねえ、ちょっとやってもいい?」
「いいよ。」
彼女は腕をまくり、かがんで水の中の無数の魚たちを見つめはじめた。

「全然だめやった」
彼女の左手には、透明な袋に1匹の金魚。
「お前だけよ、お椀にのってくれたの」
そういって彼女が僕の目の前に袋を掲げた。僕は眼を見張った。

「水槽を買わんといかんね」
「そうやね。明日買いに行こうよ」
狭い袋の中、僕らの会話を理解しているのか、紅白模様の彼女がひらりひらりとおどっていた。

福岡の三大祭りといえば、どんたく、山笠、そして放生会(ほうじょうや)と言われている。
9月中旬、東区にある筥崎宮に、数百のありとあらゆる露店が所狭しと並ぶ。
もともとは全ての生命を慈しみ殺生を戒めるための神事であったらしいが、もはや一大露店祭りと言っても過言ではない。

この延々と露店が並ぶ夜の通りの、絶えることなく行き交う人たちの中を歩いていると、なんだかこの世とあの世がつながっていて、ふいにあちらの世界に迷い込んだような気分になる。

 

この話はもちろんフィクションと実話が入り混じっている。
けれども、こんな不思議な体験が、放生会で待っているかもしれない。

 

***
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