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あれはタイタニックではなく、日本丸だったのだ。

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:浅丘由美子 (ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
その飛行機は、いつも乗る飛行機と明らかに何かが違っていた。
家族連れで占められていた。日仏家族、或は、フランス人家族。
多くの人は、興奮した様子だったと思う。
憔悴しきった人達もいた。
 
ひときわ大きな声で話していた一団は、仙台に住んでいたようだ。そりゃあホッとして、興奮した声も出るだろう。
 
私は、ちょっとでも気を抜くと、ハラハラと涙が流れてくる。
最初は、泣いているのを知られるのが恥ずかしくて隠そうとしていたが、途中で諦めた。
 
フランス人の夫は、憔悴しきってはいたが、今朝の表情とは比べ物にならない、ホッとしたような顔をして、目をつむって座っていた。
娘(5才)は、羽田空港での待ち時間が長過ぎて、飛行機に乗り込んだ途端に、疲れきってグッスリ寝てしまっている。
 
フランスからの救援部隊が150名ほど日本に来たときに乗ってきた飛行機の帰りの便を、フランス人の帰国特別機として提供するというメールが、フランス大使館から来たのは、2011年3月14日(月)の夜だった。
 
出発は、次の日の火曜日の夜という、かなり急なものだった。
希望者が多い時は、優先順位が高い順に乗れるという。その優先順位とは、15歳未満の子供と、その付き添いの片親、妊娠中の女性……。
まるで沈みゆくタイタニックから脱出する時のようだ。
 
未曾有の被害を受けた日本という国は、このまま海底に沈んでしまう、タイタニックのようなものなのだろうか? とボンヤリした頭で考えた。
 
「親子3人で帰国希望」と申し込んでも、優先順位からいってきっと無理だと思っていたので、「それで、フランス人の夫の気が済むのなら」と、駄目元で申し込んだ。
 
出発当日の昼過ぎに大使館から電話連絡があり、親子3人が一緒に乗れると言われてしまった。想定外だった。
 
お昼から3時位まで、夫婦で、どうするかを話し合った。
 
実際は、「話し合う」というよりは、その便に家族3人で乗りたい、フランス人の夫が、行きたくない日本人の私を説得するという形だった。
 
フランス大使館からは、それより早い3月13日(日)の夕方に、関東地方から、出来れば日本から、離れたほうがいいという、避難勧告が出ていた。
 
夫の近しい東京在住のフランス人の友達の殆どは、既に、近隣のアジアの国や、大阪や京都に、避難してしまった後のことだった。
 
フランスは、地震がほとんどない国だ。日本に住んで15年以上がたっていた夫はもちろん、日本人の私でさえ、こんな強い地震を経験したのは初めてだった。当時、新宿の高層ビルで働いていた私は、このままビルがポキッと折れてしまうのではないかと思ったほどだ。
それでも、地震自体は何とか乗り切った。徒歩で2時間半かけて帰宅した。
余震もなんとか、やり過ごしていた。
が、福島の原発の問題が発覚してから、夫の精神状態がもう限界に達した。
 
フランスからも、義両親や、義兄弟から、一日に何度も電話がかかってきていた。
夫によると、何度、電話があっても「一度も、帰ってこいとは言われなかった」
そうだ。
きっと、その言葉がのど元まで出かかっているのを、ぐっと飲み込んでいたはずだ。
ただ、「大丈夫? 何か出来ることがあれば言ってね。何でもやるからね……」
と何度も言われたそうだ。それはそれで、両親や兄姉の心情がひしひしと伝わってきて、夫も辛かっただろう。
 
それまでの5日間、本当に沢山の葛藤があった。
 
東京から早々に避難したフランス人の友人達が送ってくる、メールや、メッセージ。仕舞いには「なぜ、早く、東京を離れない!」と責められているように感じた。
 
数少ない東京に残っているフランス人の友達の中で、大使館で月曜日に行われた危機管理委員会に出席した人がいた。
委員会では、原子力の専門家も出席していて、東京にいる分には、放射能汚染はそこまで深刻ではないという見解だった事を聞いた。
 
でも、こんな時は、もう論理でも、理性でもないのだ。
夫の中では、理性よりも、帰巣本能が優位になっていた。限界だった。
 
結局、こんな非常時こそ、親子3人が離れ離れになるべきではないと思い、3人で渡仏することを決めた。
 
その後の私は、羽田で飛行機を待っている間、飛行機に乗っている間、フランスについてから、何かと涙をハラハラながしていた。
 
その間、私を支配していたのは「罪悪感」だ。
 
こんなに沢山の人が亡くなってしまった。自分では、東京にいても、心配がないと思っている。こんな非常時こそ、皆で助け合ってやって行こうと思っていたのに、なぜ、母国を捨てて逃げ出すように、フランス行きの飛行機に乗っているんだろう……と思うと涙が止まらなかった。
出発前にメールを送って、電話でも事情を説明した時の上司の理解のなさも、罪悪感に拍車をかけた。
 
今思うと、私も「心配はない!」とは思っていても、続く余震で精神的に疲れきっていた。夫と、この件でずっと意見が平行線で、疲れきってもいた。
勿論、まだ幼い5歳の娘への影響も、心の底では死ぬ程心配していた。
 
それが、結局、フランスに行くという結論を出したことで、今まで我慢していた感情が、堰を切ったように涙と一緒に出てきたのだと思う。
 
私がフランスに一時的に行くことになったと、電話したときに、私を心配させるような言葉は一切言わず、
 
「じゃあ、気をつけて行って来なさいな……」
 
と心よく送り出してくれた、電話口の母を想像しても泣けた。
 
フランスに行くことにしたというメールに、
 
「ちょっとしたバカンスだと思って楽しんでおいでよ」
「大地震がフランスで起こって、○○ちゃん達がフランスに住んでいたら、早く日本に帰ってきなよっていうよ」
「他に行く場所があるんだから、行けばいいんだよ」
「私達が、逆に、中国やカナダに住んでいて、同じことが起きたら、やっぱり日本に帰りたいと願うと思うよ。ダーリンが心配になるのも当たり前だよ」
などと、メールで励ましてくれる、古くからの友人達にも泣けた。
 
みんなにとってだって、初めての経験で、不安なのは同じなのに、なぜこんなに優しい言葉をかけられるのだろうと、またまた、泣けてくるのだった。
 
あの時、同じ飛行機に乗って本当によかったと思っている。
あの時、私だけが日本に残り、娘と夫だけが機上の人になっていたら、その後どうなっていたかわからない。
日本に帰国後も、いろいろな事が起こり、大変な時期が続いたが、あの時、同じ「救命ボート」に乗り込んだ事は、私と夫のその後を支えてくれたと思う。
 
人生には、いくつもの岐路がある。私は、大抵の事は、やり直しがきくと思っている。
その時、その時で、最善と思われる選択をして、その中で必死に生きていくしかない。間違えたら、やり直せばよい。
それでも、これは絶対間違えちゃいけないという決断がある。
その一つが、あの決断だったと思う。
 
その時に、否定的な事を一切言わずに、背中をそっと優しく押してくれた家族や友達には、心から感謝している。
これからの人生で、私がその友達や、家族の立場になった時には、私は彼らの決断を受け入れ、サポートする。
 
結局、タイタニック号、いや、日本丸は、沈まなかった。
今、また、日本丸は、暗闇の中の嵐にいるようだ。
でも、今回もきっと大丈夫なはずだ。私達も、日本丸にとどまる。
 
 
 
 
***

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2020-07-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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