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MBAはどこ行きの切符?


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記事:河内愛子(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
私はこの春、約3年間通った大学院を修了してMBAを取得した。日本語で言うところの「経営学修士」だ。
そして同時に、無職となった。
 
時間を3年前の1月まで巻き戻す。
当時勤めていた会社には、マネージャー昇格試験というものがあった。試験は毎年秋に行われ、結果は1月中には発表された。
2017年の年明け早々に受け取った結果は、3回目の不合格だった。
 
フィードバックを読んでみた。
高得点をマークしたのは傾聴力、共感力、バイタリティ、ストレス耐性。
逆にスコアが低かったのは分析力、影響力、計画・組織力。
平たく言えば、「あなたは性格が良いですが頭が悪いです」ということだ。
 
これはまずいと思った。過去3回、書かれていることがほぼ同じだったからだ。
「だったら頭良くしてくればいいんだろう!」と、逆切れ気味に転がり込んだ先が、MBAが取れる経営大学院だった。
学位そのものに強い関心があったわけではなかったが、MBAの勉強をすれば分析力や組織力が身に着く。そうすれば遅咲きながらマネージャーになれる。MBAは管理職への切符だと信じていた。
 
幸いなことに、学校の勉強自体は楽しいものだった。
3C、4P、5F、PEST、SWOT……フレームワークと呼ばれる「型」を使って、商品やサービスが市場でどのように位置づけられるのか分析できることを知った。
会計の授業を受けたことをきっかけに、入社16年目にして初めてまともに自分の会社の損益計算書と貸借対照表を読んだ。
友達もたくさんできた。社外の人と知り合うというだけでも珍しかったうえに、年齢や役職、業界すらもバラバラな人たちと話をするのは大いに刺激になった。
 
そんなある日、会計の勉強会でプレゼンをする機会をもらった。課せられたお題は「会計の視点で自社を分析する」というものだった。
私の会社はIという百貨店だったが、2008年にライバル企業だったMを救済する形で合併した。そこで、「合併から10年、この決断は正しかったか?」を深掘りすることにした。
 
2007年度の2社の損益計算書および貸借対照表の合計値と、2016年のそれとを比較してみたが、結果は思わしいものではなかった。
 
損益計算書を比較した。
売上高、減。不採算店舗をいくつか閉店したため、これはやむを得ない部分があった。
原価率、微増。本来であれば企業が合併すれば「1社」としての仕入れ額が大きくなるのだから、取引先に対し強気の交渉ができるようになるはずだ。しかし数値は合併前よりも悪化していた。
販管費率、微増。単純に考えて合併をすれば重複している業務のコストカットができるはずが、できていないことがわかった。売上高が減って販管費率が変わっていないようではただ会社の規模が小さくなっただけだ。
 
暗くなった気持ちに貸借対照表が追い打ちをかけた。
この10年ですさまじい額の棚卸資産が減少していた。棚卸資産とは、すなわち在庫のことだ。
 
小売業では「在庫は『罪子』」という言葉が存在するほど、一般的に在庫が少ない方が良しとされる。売れ残って不良在庫になる恐れがあるからだ。
しかしI社は、不良在庫になるリスクを背負ってでもバイヤーたちが最先端の商品を買い付け、それらをメーカーに返品することなく最後の1点まで販売する責任を負うことで、どこの百貨店とも違う唯一無二のキャラクターを作り上げてきた。
リスクが大きくて手間も人手もかかる、そんなクレイジーな商売をしている自分の会社が、私は最高に好きだった。
 
しかし、近年その輝きが褪せてきた気がしていた。「百貨店の同質化」という言葉とは無縁だったはずの旗艦店に訪れても、以前のように心が躍らなくなってきていた実感があった。
原因は、ここにあった。
 
売れているショップをモンタージュ写真のようにフロアにただ貼り付けていく作業。「売れているショップ」ということは「どこかで見たことのあるショップ」ということだ。バイヤーがお客さまの顔を思い浮かべながら商品をひとつひとつ買い付けることはなく、品ぞろえはメーカーや商社任せ。売れ残っても自社の責任にはならないので販売員たちもかつてのように商品への愛着がわくことがない。
際立つ個性もない。ここでなくてもいい。金太郎飴のような顔をしたどこにでもある百貨店の一丁上がりだ。
 
いつしか私は、マネージャー昇格はおろか、仕事そのものへの関心を失っていった。
モチベーションが上がらなければパフォーマンスが上がるはずもない。耐えきれなくなった私は早期退職者募集に応募した。
金食い虫のマネージャー昇格試験万年浪人生の希望はあっさりと受理された。
 
3年前にはマネージャー昇格への切符だと思っていたMBAの勉強は、こうして結果的に私を退職へと導いた。
 
経営学を学んだことで、会社が変わってしまったことを知った。
会社が変わってしまったことで、少なくとも自分がどんな会社で働きたくないかを知った。
そして、変わる前の会社にどれだけ惚れていたかを知った。
 
いわば大失恋をした今、私は抜け殻のように起きて寝るだけの暮らしをしている。
またいつか、身を焦がすほどの仕事に出会えるだろうか。
切符に行先は書いていない。
 
 
 
 
***

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2020-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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