心のスキマは、ゆとりに変えて
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:たる(ライティング・ゼミ日曜コース)
久しぶりの平日休みは、あっという間に過ぎていった。
結婚式を翌日に控えたわたしは、朝から一日中動き回って、夕暮れを迎えていた。
ウエディングケーキを「あーん」と食べるための大きなスプーン、修理してもらってピカピカに変身した革靴、受付に飾る思い出の写真たち、準備するべきものは、ほとんど揃えることができた。
あとは招待客ひとりひとりの席札の裏に、メッセージを書いて仕上げるだけだ。
「陸上に明け暮れたあの頃、きつい練習も〇〇がいたから頑張れたよ。これからも家族ぐるみでよろしく!」
「就職したての時期から、いつも優しく僕の話に耳を傾けてくださった◇◇先輩には、とても感謝しています」
順調にペンが進んでいたが、大切な仲間のひとり、Kへのメッセージを書こうとして、手が止まる。
伝えたいことが、出てこないのではない。色んな想いが胸をかけめぐり、スペースが全然足りないのだ。
*
2010年9月、わたしは仲間たちといっしょに、1つのボランティアグループを立ち上げた。
しょうがいや発達に特性のある小学生たちが集まる、水曜日限定の放課後の居場所だ。
グループの名は「ココ」
心・個々・現在地など、わたしたちの思いを名前に込めた。
わたしが昔から通っていた、京都市内の教会の一室を借り、活動がスタート。
最初4人だったこどもたちは、翌年の春には9人に増えていた。
*
そんな時、Kはココにやってきた。
わたしより4歳年下で、当時大学3回生だった彼は、とても優しくみんなに心配りができる好青年だった。
毎週、ボランティアに来てくれるようになった彼は、すぐにココの輪の中心で、活躍するようになる。
おとなしそうに見えて、こどもたちの支援や福祉に対する情熱は、誰にも負けていなかった。
活動後のミーティング、定食屋での晩御飯まで議論は続く。
「目の前のこどもたちに何ができるか、みんなが居心地よく過ごせる社会はどうやったらつくれるか、ずっと考えていきたい」
「力を抜いて楽しむのはいいけど、僕は絶対に手を抜きたくない」
「差別する人を認めないのも差別だし、自分との違いは嫌がらず、知ろうとすることから始めたい」
彼の言葉は今も、みんなの心に残っている。
*
4回生になったKは、大学の友だちを連れてきてくれるようになり、ココはいっそうにぎやかになった。
活動後の定食屋では、こどもたちの話より、就職活動や卒論の話題が増えていく。
2012年9月の土曜日には、広い教会のホールで、ココの2周年記念イベントを開催した。
こどもたち、親御さんや兄弟、ボランティア、合わせて50名ほどの仲間が集まり、温かい時間を過ごした。
みんなのリクエストに応えて、色んな曲をサックスで吹いてくれたのは、吹奏楽部出身のKだった。
イベントの次の週も、彼は水曜日のココに、顔を出してくれた。
「就活や勉強もあるし、これからココにあまり来れなくなるかもしれません」
そんな言葉と、いつも通りの爽やかな笑顔を最後に、彼からの連絡は途絶えた。
*
わたしは以前2人で飲みに行った時に、Kが語ってくれた話を思い出していた。
彼は中学生の頃、いじめに遭っていた。
無視や言葉の暴力、陰湿な嫌がらせが続く。
両親は何度も学校に訴えたが、彼が卒業し、他県の高校に進学するまで、状況が変化することはなかった。
「自分を責めたり、誰かを恨むのは、中学で卒業しました」
彼は、傷ついた人を助けられるように、みんなが幸せに暮らせる社会をつくれるようにと、社会福祉を学べる大学を選んだ。
「自分が苦しい時こそ、誰かのためにできることを考えます。それでちょっとでも、人の役に立てたかなって思った時、僕はこう感じるんです」
屈託のない笑顔で、彼は言った。
「あ、心のスキマが、ゆとりに変わったなって」
*
音信不通になって丸1年が経とうとした頃、Kから1通のポストカードが届いた。
海沿いに立つ、1本の松の木の写真に添えられた文章は、こんな言葉で始まっていた。
「ココ3周年おめでとうございます! 僕は今、東北で復興支援の仕事をしています」
彼は卒業までの半年間、東日本大震災の被災地に赴き、さまざまなボランティアをしながら、卒論を書いていたそうだ。
仮設住宅の集会所での小さなカフェの運営、児童館をまわってこどもたちと触れ合ったり、津波の到達点に桜の木を植えるプロジェクトにも参加していた。
「いろんな場所で、サックスも吹かせてもらいましたよ」
彼の元気そうな様子に、わたしは胸をなでおろした。
大学卒業後は、東北全体の復興を支援する団体の職員として働いているらしい。
それにしても、なんて勇気と行動力のある人なんだろう。
そういえば2011年、3回生の夏に被災地を周って帰ってきた彼は、こんな風につぶやいていたっけ。
「家族や家をなくした方たち、苦しんでいる方たちに、僕はなにができるんだろう」
*
それからKは、ココの周年行事を開催する9月ごとに、毎年メッセージ付きのポストカードを送ってくれた。
一言二言の時もあれば、余白にその頃の想いを、びっしりと書いてくれた時もある。
東北で忙しく働く彼に、ダメもとで送った結婚式の招待状が「出席」で返ってきたのには、とても驚いた。
後日、わたしが電話で伝えた、披露宴での小さな頼みごとも、彼は快く引き受けてくれた。
*
目の前の人のために、全力で行動できるK。
仕事が辛く苦しい時、こどもたちの支援について真剣に語り合ってる時、色んな場面で彼の姿が、頭をよぎる。
「心のスキマを、ゆとりに変えることができるKを、心から尊敬しています。あなたに出会えて本当によかった」
彼の席札の裏にそう書いて、わたしは結婚式当日を迎えた。
*
2019年11月23日、思い出のつまった教会を見下ろす空は、雲一つない快晴だった。
髪もヒゲも伸びたKは、たくましく成長した笑顔で、わたしたちの門出を祝福してくれた。
披露宴の最後、ゆっくり退場していく新郎新婦に向けて、彼がサックスで吹いてくれた『Over the Rainbow』の音色を、わたしは一生、忘れることはないだろう。
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