メディアグランプリ

消えた少年


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記事:Sakko(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
学生時代、車の免許をとった。
それから、ほとんど運転せずに20年近くの歳月が経ってしまった。
今じゃ完全にペーパードライバーとなり、ぴかぴかゴールドの免許証は身分証明書と化している。
 
子どもができて、車の便利さを再確認した。
子どもが1人のときは何とかなったが、2人の子どもを電車に乗せて遠出しようものなら、大量の荷物と周りへの気遣いでへとへとになりそうで、考えただけでも乗りたくない。
コロナ禍でその気持ちはさらに強くなった。
子どもにマスクをつけさせるのも大変だし、子どもはいろいろなところに触りたがる。神経質かもしれないが、できるだけ電車に乗りたくなくなった。
そうなると、移動手段として出てくるのは車だ。
 
旅行中に夫が体調不良になった時も、車の運転ができたらと強く感じた。
私が運転できれば、すぐに病院に連れて行くことができたのにと。
結局、病院に相談したところ救急車にお世話になることになり、さらに義理の母に旅行先までレンタカーを取りに迎えに来てもらった。
キッザニアで救急救命士を体験したばかりの娘だけは、1人とてもはしゃいでいた。
 
そんな出来事がいくつか重なり、第二子育休の最後の記念として、ペーパードライバー講習を受けた。学生時代に習った教習所のイメージが怖い、暗い、セクハラと最悪だったので、少し高額になるが、自宅近くまで来てくれるペーパードライバー専門の教習会社にお願いすることにした。
この講習は本当に受けてよかった。
初日は緊張で腕が筋肉痛になったものの、2日目からは運転がちょっと楽しくなってきた。苦手だった車庫入れと車線変更も丁寧に教えていただき、とりあえず近所なら運転できる自信がついた。このまま、練習を重ねれば、実家への帰省もできそうだし、旅行にだって行けそうだ。
 
車の練習をするようになって、ふと、子どもの頃のことを思い出した。
 
まだ後部座席のシートベルト着用が義務化されていなかった頃。
移動中も家族と話したり、歌ったりと、騒いでいることもあったが、それに飽きると、窓の外をぼんやりと眺めていることが多かったように思う。
 
大量のおもちゃを持ち込み、飽きるとスマホで動画という、我が子と比較すると、当時の自分は、よくもぼんやりと外を見ていられたなと思う。
何もなければ、ないところから、何かを考える頭が子供にはあるのだろう。
そう思いつつも、子どもが楽しいほうがいいだろうと、車にはいつもおもちゃやお菓子を持ち込んでいる。それが吉と出るか凶と出るかは、いまはわからない。
 
当時の私のことを思い出すと、ぼんやりと窓の外を眺めていても飽きなかったのには理由があった。
 
窓の外に見えるビルや建物、看板の文字を片っ端から、読んでみたり。
すれ違う電信柱や木々の数を数えたり。
なかでもよくやっていたのは、窓の外に空想の少年を走らせることだった。
 
空想の少年に名前はなかった。
影絵のような薄っぺらな輪郭だけで、たまに目があったり、なかったりとそんな雑な見た目だった。
スーパーマリオのゲームをイメージしてもらうとわかりやすいと思うが、車のスピードに合わせて、ひたすら、道路脇を走っている。
ガードレールに飛び乗ったり、家の塀を飛び越えたり、電信柱に登って、上からクルクル回りながら落ちてきて、スタッと着地したり。
それは、まるで忍者のようだ。
街中はゆっくりなスピードで、高速道路はハイスピードで。
飛んだり跳ねたり、たまにはローラースケートを履いていたり。
そんな空想の少年が、ずっと私と並走していた。
 
小学生の頃は、いつも一緒だったように思う。
中学に入ると、部活動が優先になり、家族で遠出する機会も減った。
その頃から、だんだん少年は私から離れていった。
 
あの少年はどこへ行ったんだろう。
他の人のところにでも行ったのだろうか。
大人になると消える蒙古斑のように、少年も私の中から消えて行ってしまったのだろうか。
 
ここまで読んで、何の話かさっぱりわからないと思った人もいるだろう。
以前、友人に同様の話をしたことがあるが、その時も全く理解してもらえなかった。
この空想ごっこは誰もがやるものではないらしい。
 
でも、誰かやってる人がいるんじゃないか。
そんな思いで、ググってみたことがある。
 
「人 車 窓 走る」検索。
 
あった!!
 
同じ体験をした人のまとめ記事を発見した。
忍者だったり、妖精だったり、その形は様々だが、同じような空想遊びをする人が世の中にもいることが分かった。
インターネット上では「並走忍者」と呼ばれているらしい。
「並走忍者」を扱ったCMも放送されていたことがあるようだ。
結構あるあるな話なのかもしれない。
 
久々に、少年のことを想像してみた。
少年は、すらりと背の高い青年に成長していた。
そして、当時と変わらぬ身軽さで、私と並走する。
子どものころはわからなかったが、とてもやさしい顔をしていることに気がついた。
なんて、子どもの頃のわくわくした気持ちを少しだけ思い出し、私の少年を思いっきり走らせてみたくなった。
 
「自分で運転するときは、あぶないからやめてね」
と、少年は初めて私に話しかけてきた。
そうだった。
助手席じゃなくて、運転席に座るためのペーパードライバー講習だったね。
少年は、にやりと笑ったのだった。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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