ため息が見つけてくれた宝物
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:福田幸寛(ライティング・ゼミ日曜コース)
はぁ。
台所から妻のため息が聞こえてきた。
リビングで仕事をしていた僕は、責められたように感じた。
胸の鼓動が早くなり、上半身に緊張が走る。
僕の心が、真っ赤に染まった。
瞬間的に様々な考えが頭の中に浮かぶ。
なぜ、こんなにがんばっているのに、文句を言われなくてはならないのだ。
いつもはもっと家事をしている。
今日は仕方なく仕事をしているだけだ。
むしろ、普段こんなに家事をしている夫は、珍しいくらいではないか。
この状態で何かを伝えるとしたら、
「俺だって疲れてるのに」と自分を守る言葉が出てくるか、
「なんか文句でもあるの?」と相手を責める言葉が出てくるだろう。
言葉にしなくても、ため息を返してしまうかもしれない。
すると、妻も自分を守るか、反撃してくるだろう。
波風を立てないように、真っ赤に染まった心をなかったことにしたらいいのだろうか。
残念ながら僕は、なかったことにはできない人だ。
感情が、表情や態度に出やすい。
我慢していることはできない。
だから、なかったことにはしないで、真っ赤な心の正体を探ってみることにした。
まず、落ち着こう。
ため息ではなく、深呼吸をする。
ため息と深呼吸は似ているので、妻からは離れた方がよい。
とりあえず、トイレに向かう。
少しだけ胸の鼓動が静まってきた。
肩の力を抜いて、深呼吸を数回してみる。
これで少し落ち着いた。
真っ赤に染まった心に、スペースが生まれる。
今度は、頭に浮かぶ考えを、観察してみる。
そもそもの原因は、妻のため息だ。
自分はこんなにがんばっているのに、ため息をつくなんて、とんでもない。
そのため息が、自分に向けられたものかわからないのに、僕は怒っていた。
真っ赤な心の正体は、怒りという感情だ。
もう一度、自分に意識を向けてみる。
こんなにがんばっているのに。
僕の怒りはそう叫んでいる。
「こんなにがんばっているのに責められている」と考えているのだ。
そうか。
僕は、がんばっていることを認めて欲しかっただけなのかもしれない。
怒りの奥には、自分のことをわかってもらえない寂しさが隠れていた。
今度は、自分の中にある寂しさを感じてみる。
否定せずに、ただ受け止めてみる。
なんだか幼い自分の姿が思い浮かんできた。
何かできたとき、よくやったねと言ってもらいたかった。
もっと自分を見ていて欲しかった。
僕は、ずっと寂しかったのだ。
もっと愛されたかった。
そのことに気がつくと、少しほっとして、緊張が緩んだ。
僕の心には、寂しげな青と、情熱的な赤があった。
妻のため息が、僕の心を真っ赤に染めたのではなかった。
自分の中にある寂しさが、反応しているだけだった。
僕の怒りは、もっと見ていて欲しいと、寂しくて駄々をこねる小さな子どもだ。
そこには、もっと愛されたいという、僕の願いがあった。
隠されていた願いに気がついたとき、自分の心が満たされたように感じた。
怒りは、ネガティブな感情だ。
ネガティブな感情を持ちたい人はいないだろう。
でも、その気持ちを否定せずに受け入れられたとき、心の奥にある大切な願いに気が付くことができるのかもしれない。
もう一度、妻のため息を思い出してみた。
もしかすると、職場で何か嫌なことがあったのかもしれない。
子どものことで何かイライラしているのかもしれない。
やっぱり僕が家事をしないことを嘆いているのかもしれない。
僕の心を真っ赤にしたはずのため息は、どこかに消えていた。
今度は、妻の気持ちに思いを馳せることができた。
もう自分を守る必要はない。
「おつかれさま。なにか気になることある?」
妻も、反撃する必要はない。
「大丈夫だよ。仕事が終わって、子どものお迎えに行って、やっと一息ついたって感じ。ありがとう」
なるほど。
やはりため息と深呼吸は、似ている。
僕は、妻のひと息を、自分を責めるため息だと解釈した。
心の奥にある、がんばっていることを認めてもらえない寂しさが、怒りという形で反応したのだ。
ネガティブな感情を押さえ込んでいると、自分の大切な願いも一緒に押さえ込んでしまう。
そして、いつの間にか、大切な願いは心の奥に隠れてしまう。
ネガティブな感情の奥には、宝物が隠されている。
ため息のおかげで、僕は自分の大切な願いに気がつくことができた。
寂しい気持ちと一緒に、自分を認めて欲しいという願いが、隠れていたのだ。
あなたが、ずっとがんばってきたことを、僕は知っているよ。
さあ、やりかけの仕事は置いておいて、夕飯の準備でも始めようか。
***
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