メディアグランプリ

忍法仮面ノ術の綻び


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:河田愛(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
耳元でやかましく喚く目覚まし時計をまだ寝ぼけた手で止める。
布団の外の空気は少し冷たくてまだ起きたくない気持ちが湧き上がってくる。もうちょっとなら布団の中にいても大丈夫だという甘い考えを断ち切ろうと、ベッドから転げ落ちるように抜け出した。
おぼつかない足取りで大学へ行く準備をして、家を出る前に鏡で自分の姿を軽く確認する。
全身をファストファッションで飾った自分の姿がうつった。白いシャツの上にベージュのセーター、白っぽい淡い色のパンツを合わせて黒いリュックサックを背負う。
これでいいだろう。
スニーカーを履いて、家から出ようとして大変な忘れ物に気が付いた。
マスクを忘れるところだった。
スニーカーを脱いで洗面所においてあるマスクを取りに行く。これがなくてはどこへもいけない。
電車に乗れず、お店にも入れない。何より大学のキャンパスにも入れない。財布や携帯電話と同じくらいに重要なものだ。マスクを忘れてしまっては一日の活動を行うことができなくなってしまう。
マスクを手に家から飛び出して、私は駅へ急いだ。いつもより家を出るのが遅れてしまった。早歩きをしていると息苦しくなってしまうのでマスクはしなかった。しなくてはいけないのだろうが、黙って人通りの少ない道を歩いている時くらいは……と外していることが多い。
駅が見えてきて道に人が増え始めて、そこで私はマスクをつけた。
これで私という存在が隠された。切りそろえられた前髪と白い紙マスクの間からのぞく眠たげな一重の目だけが世の中にさらされている。
私は今から忍びの者になる。景色に紛れて誰にも違和感を抱かせず、すれ違っていく。
 
駅のホームに電車が滑り込んできて、たくさんの人が乗り込んでいく。
スーツを着たサラリーマン、制服を着た中学生や高校生、携帯の画面でメイクのチェックをしたり遊ばせた毛先を気にするようにいじる大学生が多くいた。私もその中に溶け込んで、通学という任務を果たすため目立った行動などをとがめられて妨げられたりすることがないように息をひそめた。
吊革につかまりながら携帯を見ていた私の隣に女性が立った。私は彼女を一目見て驚きで目を瞬かせた。
すらりとした長身を見せつけるように細いパンツに足をねじ込み、白いシャツの上には丈の長い黒いトレンチコートを羽織り、ヒールの高いショートブーツを履いていた。きりりとアイラインが引かれた目が印象的で、まっすぐに通った鼻筋が冴え冴えとした容姿を引き立てていた。
彼女は目立っていた。
美人なのもあるが何より、柔らかい色をまとってふわふわとした印象を狙おうというような流行に安易に乗ろうとしない姿勢が人の目を惹くのだ。
ほいほいと流行りに乗って紛れていく私とは反対の生き方だ。
ちらちらと彼女を見る人たちの視線が私にも注がれて通り過ぎていくのを感じたが、平凡すぎる雰囲気しかない私は彼らにとって目が通り過ぎた景色の一部でしかないのだろうと思う。
いわゆるヒト。いや、人として認識されているのかも怪しいところだ。そんなことを言っている私も他人の存在をとんでもなく適当に扱っているだろう。
街を三歩歩けばぶつかるだろうというようなありきたりなファッションでなおかつマスクをつけてしまえば親しい関係の人間以外もう他人を個人として認識することは難しいというものだ。
そうと分かっていても、紛れてしまうことを心地よいと感じてそういう選択をしてしまう。高校のころだって頭のいい人はこぞって東大へ行った。平均以下の人の中にいてこそ頭のいい人は際立ってその存在を認められるというのに、わざわざ頭のいい人の集団に紛れ込もうとする。そっちへ行ったらもうただの平凡になってしまうかもしれないというのに……。
もっと厄介なのは、一生懸命に目立たないように紛れようとするくせにどこかで個人としての存在として認められたいだなんて考えている人間だ。なんでこんなにややこしいのだろう。
とても偉そうなことを考えながら、例にもれなく紛れることを心地よいと感じていてそのくせ誰かに認められたいと思っている私は目的の駅へ到着して大学へ向かった。
 
大学のお昼休みに、大学近くのレストランに友人たちと食事に行くことになった。
お店に入ると、店員さんが何名かと聞いてきたので、三名だと答える。
そこで私は初めて私たちの服装を見た。
三人が三人ともベージュや白の淡い色の緩いシルエットのファッションをしていて、白の紙マスクをしていた、髪は茶色に染めて、アイシャドウの色はオレンジっぽいブラウン系。もう一人の人間が分身しているといっても信じられそうな感じだ。
私たちを席へと案内する店員さんが私たちを見たら、どうしたって『三人の安全なお客さま』となるだろう。一体どうやって個人を見分けて認識しろというのだろうか。
しかし結局見分けなくたって全く支障なく仕事はこなせるし、生きていけるし、世界は進んでいく。マスクをつけていて素顔が分からなくても、同じようなファッションをしてメイクをしていても誰も困らない。
レストランの席に着いたときに、私の携帯に連絡が入ったらしくそれを知らせるために携帯が小さく震えた。
なんの連絡かと携帯を開こうとしたが、顔認証でロックが解除される私の携帯はマスクをつけた私の顔を認めず、ロックを解除しなかった。
慌てて外し忘れていたマスクをとってもう一度顔認証をすると、私本人を認識した携帯はロックを解除した。
 
ああ、そうか。君は本当の私を求めてくれるのか。君だけは隠れる私を許さないのか。
 
私は手の中の冷たい端末を握りしめながら、ほっとしたような心地がした。
 
 
 
 
***

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2020-11-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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