あふれる涙を隠そうともせずに、読んだっていいじゃないか
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:河瀬佳代子(リーディング&ライティング講座)
その人のことを知ったのは、いつものように「なんかいいのないかなあ」と映画アプリサーフィンをしていた時だった。
映画館の招待券の期限が11月いっぱいだったので、何か観に行かなくちゃ! と作品を探していた。鑑賞する映画はポスターや紹介文等を見て勘で選んでいるが、そのタイトルはまっすぐに私の視界に飛び込んできた。
『滑走路』
澄み切った大空を背景に叫ぶ少年がそこにいた。そして「非正規」「いじめ」というワードが並ぶ。これは見逃したらいけない作品かも知れないという予感がした。休日を待ちかねて映画館に向かった。
いじめられていた友をかばい、自身が入れ替わりにいじめの標的になる。小中高生のいじめによく聞くパターンだ。1人の少年の心身が壊されていく課程を映像で見ていくのは重かった。誰にも言えずに自分1人で痛みを引き受けてしまう、いじめられる側が追い詰められていく構造があった。そしてそのいじめはその時だけでは終わらず、その人の人生にずっとつきまとう。
観ていて胸が締め付けられるような辛さがあった。
何故なら自分自身も小中高と、どちらかと言えばスクールカーストの下の方、弱い側だったからだ。中学時代には明確に嫌がらせをされていた。そして成人している2人の息子たちも、学生時代にはいじめられる側だったから。
「個性を尊重しよう」という子育てが主流だが、反面学校現場では強気に出ることができる子どもたち中心になっている現実がある。「主張したもの勝ち」はやがて自己主張を無理やり通すことを覚え、「悪いことであってもやったもの勝ち」の学校になっている。そんな子たちが成人するほどの年月が経っているのだから、いじめが大人の社会でも全く減らず、利己主義な大人がはびこるのも当然だ。
己の欲のみを通すことを覚えた子どもが気分のままに他人を弄ぶ。それが相手の人生を左右する。どんなにか重大な罪なのかも知らずに。映画は過去と現在を織り交ぜながら主人公たちを巡る真実に迫り、思春期ならではのみずみずしさも取り入れて終わる。時間軸と出来事とのバランスに長けた、深く有意義な作品だった。
映画を観ている最中から、「これは絶対に原作を読まねばなるまい」と心に決めていた。『歌集 滑走路』(KADOKAWA、2020)が、映画館の売店に置いてあったので購入する。
原作者は32歳で命を絶った歌人・萩原慎一郎。彼は中学時代に遭ったいじめが原因で心身に不調をきたし、苦心して大学を卒業後、歌人を志しながら社会人となっていた。社会に出てからは非正規雇用での就業が多かったようで、先が知れぬ雇用に翻弄されながらも歌人を目指していた若者だった。自身初となる念願の歌集の出版が決まり、表紙やタイトルを考え、あとがきまで入稿した直後、自死を選んだ。初の歌集はそのまま遺作となってしまった。そんな衝撃的な背景を含みながら読んでいく。
そこにいたのは、ごく普通の若者だった。
日常の何気ない景色を捉えたり、片想いがなかなか進まないジレンマだったり。慎一郎ならではの視点でのできごとは、若者らしい力強さや躍動感がある。
それと並行して、彼自身がそうであったように、非正規労働者へのまなざしを向けた歌も多く収められている。
自分も長く非正規労働者だったからわかるが、非正規労働者を取り巻く環境は本当に過酷でしかない。
低い時給、単純労働の連続、権限も達成感もない仕事が多い。極めつけは、「いつ解雇されるかわからない」という不安定な就業形態だろう。配偶者の収入で主たる生計を維持していて、自分はパートでもいいという働き方だったらそれでもいいかもしれないが、慎一郎は過去のいじめが原因で精神的に不安定になり、非正規の職に就くしかなかったようで、大学まで出た若者が不安定な職業で甘んじていることはつらいだろうと察するに余りある。
そのつらい胸の内を絞り出すように、切々と詠い上げられた歌からは、彼の叫びまで聞こえてくるようだ。どうにかしてほしい、どうにかならないだろうか。慎一郎は、そこから抜け出すのは自分が歌人として独り立ちすることしかないと奮闘していた。
短歌に出会ってから15年。コツコツとくじけずに投稿をし、受賞も増え次第に頭角を表し、そしてこぎつけた歌集出版。夢が叶ったはずなのに、そこでもういいと人生を閉ざしてしまったのは何故なのか。
問いかけても出ないはずの答えが、最後に彼が入稿した本書の「あとがき」にあるような気がしてならない。
そこには彼の生い立ち、短歌との出会いとともに、彼を支えてくれた多くの人々への感謝の言葉があった。1人1人に宛てて。
もしかしたら、彼はこのあとがきを書き終わって、この世に心残りはなくなったと思ってしまったのだろうか。今後も頑張って行きたいと書いているのに、心は既に死に向かうことを決めていたのだろうか。そうだとしたらあまりにも悲しい。これは、あとがきではなく遺書なのではないか。読んでいたら涙が止まらなくなってしまった。こんなに悲しいあとがきは、多分後にも先にも出てこない。でもこのあとがきがあるからこそ、彼の歌の1つ1つがより一層輝いてくるのだ。悲しいほどに、きらめきを増してくる歌。涙なしには読めないけど、これを読んだ多くの人にとって、人生で出会った本の中でも極めて印象に残るものになっているのだろう。
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