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不要不急の判断基準


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大場 春香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「今回は諦めなさい、もう子どもじゃないんだから」
 
もうすぐ三十路目前の良い大人が、大声を出して泣いた。
この気持ちをどこにぶつければいいか分からなくて、物を投げた。
誰も悪くないこの状況に、やるせない気持ちになった。
 
*
わたしはバンギャである。
 
北は北海道、南は沖縄、国外はグアムまで、わたしは推しのためならどこへでも飛んでいく。カレンダーが先の予定まで埋まっているのを見るのが幸せだった。辛いことがあっても、しんどいことがあっても、1ヶ月、2ヶ月先の予定に想いを馳せる。
 
わたしの全てだったし、わたしの生きがいだった。それなのに……。
 
*
 
2021年1月7日。
コロナ禍での2度目の緊急事態宣言が発出された。
1月9日と10日に2日間のツアーファイナルを控えていた矢先だった。
 
絶望的だった。
 
わたしは未だに実家暮らしで、我ながら恵まれた場所に住んでいたので「そこならひとり暮らしする方が、メリット少ないね」と周りに言われ続け、今に至る。
 
しかし、両親は2人とも厳しいひとだった。外出するにも、どこにいくのか、何時に帰るのかをいちいち報告しないといけないし、彼氏とお泊まりデートする日には嘘を考えるのに一苦労である。(多分、バレているけれど)
 
ただ、今回の土日の外出――しかも緊急事態宣言が出されたあとの――については、いくら考えても良い嘘が思い浮かばない。
 
「急に休日出勤になった」――2日とも?
 
「病院に行かないといけない」――もっと早い時間に行けないの?
 
何度も何度も脳内シミュレーションをするが、しっくりこない。
考えて、考えて、考えまくった挙句、ライブ前日の夜にわたしは正直に母に相談することにした。
 
「このタイミングで、ライブに行くって言ったらどう思う?」
 
わたしとしては、実に勇気のいる一言だった。
これで、ライブが実施されることはバレてしまう。
このあとはどうしたって、引き返せない。
 
ライブ会場での感染対策はきちんとされていた。国の指示もきちんと守っている。検温も、消毒もしているし、マスクも常時着用で声は出せない。現に、去年の7月から何度か有観客ライブをしているが、クラスターが出た報告はなかった。
 
「自分で判断しなさい」
 
母からは、予期せぬ一言が返ってきた。
絶対に「行くな」と言われると思っていたからだ。
 
あぁ、嘘をつかずきちんと相談してよかった。自分で判断できる大人って、なんて自由なんだろう、なんて思いながら、翌日のライブに向けて長風呂をし、念入りに髪のケアをして、ひとつ500円もする特別なパックをしてから布団に入る。
 
まさかあの言葉の解釈が、違っていたとも知らずに。
 
翌日。
 
この日の目覚めは最悪だった。ライブに間に合わない夢。でも、昼食を食べて少しお昼寝をしてからだって、まだまだ時間はあった。
 
17:30開場、18:30開演で、幸い家から30分くらいの会場なので、できるだけ会場での滞在時間を避けるためにも、ギリギリにつくように念入りに支度をする。
 
17:30過ぎ。
 
「ライブに行ってくるね」と声をかけたところ、母が飛んできた。
 
「ライブに行っていいなんて、言ってないわよ」
 
……え??????
 
わたしの頭の中が真っ白になった。昨日は自分で判断しなさいと言ったのに。
必死に昨日の会話を思い出してみても、確かにライブに行っていいとは言われてないが、行っちゃだめとも言われていない。
 
変な汗が出てくる。
今朝のは正夢だったのか? なんて、こういう時ほどどうでもいい考えが浮かんでくる。
 
足下がふわふわして、うまく立っていられない。
時が止まってしまったような感覚。頭痛さえする。
 
母の言い分としてはこうだ。「昨日はオブラートに包んで言ったつもりだった。もういい歳なんだし、家族のことを考えれば”行かない”という選択肢になるのが当たり前だと思った」
 
ーー日本語って難しいよ、神様。
言わないと分からないことが、この世の中には多すぎるよ……。
 
次の瞬間、わたしは勢いよくホテル生活をする準備を始めた。ライブを終えてから1週間でも家に戻らなければいいと思ったからだ。クローゼットからキャリーケースをひっぱりだし、とにかく必要そうな物を詰める。考えている時間はなかった。とにかく詰める。
 
が、虚しくも両親に止められた。
 
時計を見ると18:00を過ぎようとしている。
このままじゃ、もう間に合わない。
 
「今回は諦めなさい、もう子どもじゃないんだから。配信があるなら、それで見ればいいじゃない」
 
その時わたしの「なにか」が爆発した。
 
「違う、見たいんじゃないの。逢いに行きたいの!!!!!!」
 
自分でもびっくりするほど泣いて、大声で叫んでいた。
我ながら大人げなかったと思う。
 
1公演12,000円もするライブに2日間も行けなくなることは勿論だが、それよりも逆鱗に触れたのは、わたしが生きる上で1番大切にしている存在を、母や父の価値観では薄っぺらいもの、今行かなくてもいいもの、配信で見るのと変わらないもの、と認識され、言い切られたことだった。
 
価値観が違えば、言葉の解釈だって変わってくる。
当たり前のことを、身をもって思い知らされた。
 
血のつながっている家族でさえ、価値観が分かり合えることってないのだから、赤の他人と分かち合えることなんて奇跡に等しいと思う。
 
今回のコロナ禍では「不要不急」という言葉が多用されている。
 
不要不急――広辞苑によると「どうしても必要というわけでもなく、急いでする必要もないこと」ということだが、果たしてそれは、価値観の違う他人が判断し、正解か不正解かを言い切れることなのだろうか。
 
コロナが収束できるその日まで、わたしはきっと疑問に思い続けるだろう。
 
 
 
 
***

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2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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