メディアグランプリ

タンスからの脱出


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記事:北濱直子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ドドーーン」
 
寝ていた私にはなにが起きたかわからなかった。
 
26年前の1月17日、私は神戸にある自宅にいた。高校3年生で進学先も決まっていたので、のんびりした日々を過ごしていた。その日は三ノ宮にあるトレーニングジムに体験に行く予定だった。
 
突き上げるような衝撃と大きな音のあと、激しい揺れがあり、やっと地震が起きているのだとわかった。揺れていたのは、何十秒もあるかないかのはずだが、とても長く感じた。動くこともできず、布団の中でただ揺れがおさまるのを待つことしか出来なかった。その時、タンスが倒れるのが見えた。私の部屋には、母の嫁入り道具の和ダンスがあった。その和ダンスの前に小さなコタツがあり、その横に布団を敷いて寝ていた。その和ダンスが倒れてくる……。倒れてくるのはわかったが、寝ていた私にはどうしようもなかった。コタツでワンクッションあり、そのあと布団の上にタンスが倒れてきた。幸い、タンスにはあまり着物も入っておらず、冬だったので掛け布団は厚く、どこも痛くなかった。
 
揺れがおさまり、家中しんとしている。
母は起きて弁当の支度をしているはずだが……。
 
「りえちゃん大丈夫?」
 
私は同じ部屋に寝ていた妹に声をかけた。
 
「大丈夫だけど、ピーちゃんが、ピーちゃんが……」
 
2日前の誕生日に買ってもらったばかりのセキセイインコのカゴに、本棚が倒れたようだ。セキセイインコの鳴き声もしないので、妹は不安になっている。
 
「大丈夫やって」
 
大丈夫じゃないかもと思ったものの、不安そうな妹を励まそうと声をかけて、布団から出ようとした。中身があまり入っていないといえども、流石にタンスは重い。少し持ち上がりはするのだが、タンスの下から抜け出すことが出来ない。さてどうしたものか。セキセイインコの心配はするのに、タンスの下敷きになっている姉の心配はしてくれないのか、妹よ……。
そうこうしていると、弟が部屋に来てくれた。
 
「なおちゃん、大丈夫?!」
 
弟はタンスを戻そうとしてくれたが、1人では戻せないようだ。
「私は大丈夫」
傍目には全然大丈夫じゃないと思うのだが、痛くもかゆくもなかった私は、母や妹の方が心配だった。
「わかった!また後で来るわ」
そう言い残して、ピーちゃんを助けに行った。ピーちゃんはおびえて静かだっただけで、無事だったようだ。そして、台所にいる母のところへ戻って行った。後にも先にもこんなに弟が頼りに思えたことはない。
 
この時は知る由もないのだが、台所や他の部屋は私の部屋よりもひどいことになっていた。冷蔵庫とピアノ以外の家具は全て倒れ、食器棚の中の食器もほとんど割れていた。あの重いピアノですら動いていた。素足では危ないので、弟は靴を履いて移動をしていた。母は弁当の支度をしていたので、それらが倒れる様子を見ており、さらに母の方に電子レンジが落ちてきて、パニックになっていたそうだ。タンスの下敷きになっている元気な姉より、母の方が心配だったのだろう。
 
弟がいなくなり動けない私は何をしたか。神経が図太いと言うか、我ながら呆れるのだが、何もできない私はそのまま寝た。今も昔も寝ることが大好きなのだ。ましてやいつもならまだ夢の中の時間帯だった。
 
「なにしてるんや!」
 
しばらくして、出勤していた父が帰ってきた。父は毎朝5時半過ぎには家を出ていた。駅に向かう途中で地震がおき、駅で電車を待っていたが、一向に来る気配が無いので戻ってきたらしい。家へ戻る道では、煙が上がっていたそうだ。不安に思いつつ玄関を開けて、大丈夫か! と声をかけたが、パニックになっている母と弟、怯えている妹、そして寝ている私、それぞれ父の声が聞こえる状況ではなかった。父はみんなダメなのか、と思ったそうだ。
 
「なにってタンスが倒れてきて、重くて出られないねん」
 
見たらわかるやんと思ったが、今になると父もパニックだったのだろうと思う。それを聞いてタンスを起こしてくれた。
 
部屋から出てみると、すごい光景だった。あらゆるものが倒れて、割れて、地震の凄さを物語っていた。弟が寝ていた場所には、タンスの上に置いていた、父の趣味である電車のライト(鉄の塊)が落ちていた。早く目が覚めてこたつのある部屋に移動していたので、助かったようだ。あのまま寝ていたら、命が危うかったかもしれない。
 
こうして、家族全員とぴーちゃんが無事だったので、タンスの下敷きになったことも笑い話に出来るようになった。毎年この時期になると、家族が無事で良かったこと、犠牲になられた方々のこと、ものを持つことの儚さ、日常のありがたさなど、色々な思いが交錯する。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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