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ドラえもんの存在しない世界線はすぐそこにある


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記事:久慈桃子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
コロナ禍において、地方移住がブームとなっている。
 
地方での自然豊かな暮らしを考える都会の人たちに、あらかじめ知っておいてほしいことがある。
 
地方が抱える大きな「不存在」についてだ。
 
地方の山奥に生まれ育った私は、およそ文化的なこととは無縁の生活をしていた。
 
そこは最寄りのコンビニどころか一番近い信号機まで車で15分もかかる超ド田舎である。
 
当時はAmazonもネットフリックスもなく、山が邪魔で地上波のTV番組すら満足に視聴できない環境にいた。
 
それがどういうことかと言うと、ドラえもんの地上波アニメを見たことがない子供がフツーにいた。
 
ミュージックステーションを初めて見たのは都会の従兄弟の家に泊まりに行ったときで、「どうしてうちでは見えないの!?」と悔しさのあまり自宅の屋根に登ってTVアンテナをいじろうと試み、親にしこたま叱られた。
 
漫画も小説も文芸書もCDも、地元の商店にないタイトルは、その著者やアーティストが存在することすら知らなかった。
 
そんな田舎者が、進学に伴い大阪という大都会に出てきた衝撃と言ったら。
 
私はまず徒歩で日常の買い物ができることにびっくりした。
 
徒歩圏内にコンビニがあるなんてさすが都会。田舎では徒歩圏内にあるのは田畑と小学校だけだ。
 
買い物は親の車がないとどこの店にもたどり着けなかったので、必然的に親の都合に合わせて行動する必要があったし、せっかちな親に遠慮してできるだけ短時間で買い物を済ませる習慣が身についていた。
 
それがどうだろう、大阪では自分の好きなときに自分の足でコンビニや本屋やスーパーやマクドナルドにぶらっと行って、好きなだけ本を立ち読みし、自分のペースでバリューセットを食べてシェイク片手に徒歩で帰宅できるなんて、まさにフリーダム!夢のような時間の使い方ができるのだ。
 
そしてすぐ手の届くところに「文化」があることにも驚いた。
 
私が田舎に住んでいたときは、映画を見に行くだけで一大イベントだった。なにしろ往復交通費で映画チケットがもう一枚買えるくらい映画館が遠い。
 
演劇は学校のバス遠足で宝塚を鑑賞した経験しかなく、当時はミュージカルを理解する素養が育ってなかったため「なぜオスカルは銃で撃たれたのに10分以上歌い踊っているのか」と疑問を呈した感想文を書いた。
 
さらにコンサートに至っては終演後に帰宅すると夜10時近くになるため親から許可が下りず、部活の合宿があると嘘をつき万全のアリバイ工作の後にチケットを取ったほどだ。
 
ところが大阪には、図書館・美術館・博物館はもとより、映画館や劇場やコンサートホールがたくさんあり、それぞれとても魅力的なイベントが数え切れないくらい開催されている。気になるイベントのフライヤーを集めると、あっという間にファイルが一杯になった。
 
ここでは、学校帰りにぶらっと映画を見に行ったり、休日に美術館と博物館をはしごしたり、いつでもコンサートの当日チケットを買いに行けたりするのだ。
 
この文化的施設へのアクセスの差は、文化を嗜む姿勢の差にもつながる。
 
帰宅途中にぶらっと小劇場で2時間の演劇を観るのと、市民会館へたどり着くまでに片道2時間かかるのとでは、文化への親しみに差があって当然だ。
 
それは積もり積もって、生活レベルの差にも影響を及ぼしていた。
 
そのことに気付いたのは、大阪で数年を過ごした後、出身県にUターンした時だ。
 
リモートワークのために上質な椅子を買おうと家具屋に出向くと、欲しい物がないのだ。
 
正確に言うと、求めるスペック・デザインを満たす椅子の取り扱いそのものがなかった。パソコン用の椅子はどれもイチキュッパ程度の事務椅子で、コクヨのオフィスチェアが高級品!という世界である。
 
具体的なメーカーを複数挙げると、不思議そうな顔で「事務椅子なんてどれでも同じでしょう」とよりにもよって家具屋が言うのだ。
 
この「選択肢の不存在」に、子供の頃は気づかなかった。
 
それはつまり、ドラえもんのアニメが見れるTV局があることを知らなかったのと同じだ。
 
選択肢の不存在。それが地方の抱えるハンデだ。
 
その商品の好き嫌いはともかく、商品の存在を認識し「選べる」ということ。
 
商品だけではない。文化だってこれと同じことだ。
 
その文化の好き嫌いはともかく、文化の存在を認識し「選べる」ということ。
 
どっさりのフライヤーの中から好きなイベントを選び、自分の足で好きなときに行く。それができる環境がどれだけ豊かなのか、都会を経てUターンした今なら分かる。
 
けれど、昔とは違い今ならAmazonやネットフリックスがあるから不便さは少ない、と言う人もいるだろう。
 
それでも、地方の生活はあらゆる場面で「選択肢の不存在」に直面するはずだ。ときには「妊娠しても産婦人科がない」というレベルの選択肢の不存在だってあるし、私はそれで故郷から脱出した。
 
地方移住ブームを取り上げるロハスな雑誌で紹介される素敵な「地方の暮らし」には、そんな一面があるのだと知っておいて欲しい。
 
 
 
 
***
 
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