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片方しか聞こえない、ただそれだけのこと。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:棚橋 愛(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
愛用しているワイヤレスイヤホンの左側だけが故障した。
そのイヤホンは防水仕様になっているのだが、私の不注意で許容範囲以上の水を浴びてしまったのだ。左右両方に水がかかったが、かろうじて右側だけ無事だった。
そこそこのお金を出して買い求めたものだったので、故障したとわかったときはショックを受けたが、それでも私は片方しか聞こえないイヤホンを使い続けることにした。
私にとっては、左側のイヤホンから音が出ようが出なかろうがどっちでもいいのだ。
 
なぜなら、私は左耳が聞こえないからだ。
 
子供の頃、おたふく風邪に罹患したことが原因で、私は左耳の聴力を失った。
 
片耳しか聞こえないとはいえ、日常生活は普通にできる。人との会話も問題ないし、テレビも映画も楽しめる。
ただ、困ることももちろんある。
それは、自分の左側にいる人の話がほとんど聞こえないことだ。
会話の相手は私の左耳が聞こえないことを知らないので、そのまま普通に話し続けるのだが、実際のところ私にはその話の内容が理解できていない。
しかし、相手に対して話が聞こえていないことを正直に打ち明けようとはせず、私はそのままなんとなく聞こえている「ふり」をして、適当に愛想笑いをしたり相槌を打ったりしてその場をやり過ごす。
理由は、難聴であることを伝えることでその場の空気を変えてしまうことになって、相手に悪いんじゃないかなと思うから。話しかけてくれているのに「ごめん、聞こえてなかった」と返すことで相手をしらけさせてしまうことが怖かったのだ。
 
そんなふうにして、家族やごく親しい人たち以外に対してはいつも聞こえているふりをし続けていた私だったが、あることをきっかけに、カミングアウトせざるを得ない状況になった。
それは、一時期右耳も聞こえにくくなる病気を発症したことだった。
ある日、耳の聞こえ方に違和感を持つようになった私は、耳鼻咽喉科で「低音障害型感音難聴」と診断された。これはメニエール病の一種で、耳に何かが詰まったような症状が続く病気である。
流石にこの状態では日常生活……特に仕事の場において支障をきたすのは必至だ。だから、職場の朝礼のときに上司や同僚の前で自分の耳の状態を正直に話すことにした。
低音障害型感音難聴という病気で耳が少しだけ聞こえにくくなっているので、何かと迷惑をかけるかもしれないということ。
そしてもう一つ、実はその病気になる前からずっと左耳は聞こえない状態で、もし低音障害型感音難聴が治ったとしても、今後話をするときは右側から声をかけてほしい、ということ。
 
わざわざ右側に回って話をしてほしいとお願いすることに対しては、申し訳ないという気持ちが強かったので、私はみんなの顔を見ながら話をすることができず、ずっと下を向いて喋っていた。
だからその時、みんながどんな表情で私の話を聞いていたのかはわからなかったが、きっと「めんどくさいなぁ」いう気持ちが顔に出ていそうだな、と推測していた。
 
ところが、実際は私の推測とは真逆の結果だった。
仲間たちはいつも嫌な顔をせず右側から話しかけてくれたし、話がよく聞こえなかったときは勇気を出してそれを打ち明けても場の空気がしらけるなんてこともなかった。どうやら、私は自意識過剰になっていたようだ。
よくよく考えてみると、もし自分が逆の立場になったとしても相手に対して「めんどくさい」とは思わないし、聞こえなかったからもう一回話してと言われても気分を害することはない。
また、聞こえなかったと正直に言うことよりも、聞こえなかったのに聞こえていたふりをして誤魔化すことのほうがよっぽど相手に対して失礼なことなのだ。
 
そのことに気が付いてからは、自分の聴力が劣っていると口にすることをためらわなくなった。今では初対面の人に対しても「すいません、私片方の耳が聞こえないのでさっきの話ちゃんと聞こえなかったんです。もう一回教えてもらっていいですか?」とちゃんと伝えることができる。
これで相手の話を漏らさず聞きとることができるようになり、人とのコミュニケーションがこれまでよりも円滑になった。
 
「左耳が聞こえない」ただそれだけのことを伝えるのにモジモジしていた姿は、もう過去のものだ。これからは、片方しか聞こえない自分に引け目を感じることなく堂々と生きよう。
そう決めたとき、これまで無駄に背負っていた重い荷物がどこかに消え去ったような気持ちになった。
 
 
 
 
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