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祖母の話し

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記事:gokita(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
ずいぶん前に、今は亡くなっている祖母と話しをしていた。
 
彼女にとっては、昔話なのだろう。
だが、私にとっては衝撃であった。
満州から引き揚げたころの話しだ。
「満州から引き揚げることができて私は運がよかったのよ」
 
彼女は満州鉄道(満鉄)に勤務していたそうだ。
 
満州にいたころは、毎月お給料もあり、住家も寒いながらも悪いところでは無く、
結構裕福な暮らしをしていたそうだ。
近所の人も裕福で幸福な生活を送っていたそうだ。
 
日本の敗戦が決まったころなのか、それは定かではないが、
満州に攻撃がくるとのことで、祖母は満鉄に勤めていたこともあり、
優先的に鉄道で日本に向かうことができたそうだ。
 
ただ、近所の人は優先的に鉄道に乗る事ができるわけでもなく、祖母が帰国の用意をしていた時、どこから逃げることを聞きつけたのか、祖母の家にやってきたそうだ。
 
祖母は一緒に逃がしてくれとお願いされると思っていたらしい。
何も言えずにただ黙っていたら、その人は言ったそうだ。
 
「私は祖国に帰ることができるかどうか分からない。ただ、自分ことを親戚に伝えてほしい」
 
ただ、その一言だったようだ。
 
きっと、その人は満州で爆撃に合い、命を落とすか、捕虜になって死ぬのか。
覚悟をしていたのだろう。
 
満州に来る人たちは、家も売り、親戚に渡し、裕福な将来を夢みて移住する人が結構いたそうだ。
きっとその人も裕福な将来を夢見て、意気揚揚と移住していたのだろう。
このようなことになり、どのような気持ちであったのだろうか。
その人はこうも言ったそうだ。
「自分は日本に帰っても、居場所もすべて捨ててきているから、帰る場所が無い。だから、帰っても仕方がない」
 
そうなのだ。
満州に移住した時は、きっと輝かしい将来を夢見ていたことだろう。
 
ただ、戦争がそれをすべて壊してしまった。
歴史を見ると、ページにのる事もない、ささやかなことなのかもしれない。
が、しかし、一人ひとりに人生があり、夢があり、希望がある。
ただただ、希望を持っていただけなのだ。
 
祖母は、その人に手紙を託され、鉄道にのり、日本に帰国をした。
 
その後まもなく満州に爆撃が入ったようだ。と日本に帰ったあと、人づてに聞いたそうだ。
 
が、その後、その人の手紙を持っていくことはできなかった。
その人の親戚は関東に居を構えていたそうだが、戦後、行方不明になっていたらしい。
 
祖母は関西より西に住んでいた。
 
関東と比べ、爆撃は少なかったそうだが、それでも、その日その日を生きていくことが必死だったようだ。
 
その手紙は、しばらく持っていたそうだが、生活をしていく中、いつの間にか無くしてしまったそうだ。
必死に生きている時は手紙のことは忘れていたようだが、安定し、年齢を重ねるにつれ、罪悪感にさいなまれるようになったとのことだった。
 
孫にはただただ、聞いて欲しかったそうだ。
 
私は、一言しか言えなかった
「みんな生きていくことに必死だもん。仕方がないよ」
 
その時の祖母は、とても複雑な顔をしていた。
泣きそうな、怒りそうな、なんとも言えない表情をしていた。
祖母が私に対して求めていた言葉は分からない。
私には祖母に何の言葉を掛けてあげれば良かったのか、いまだに分からない。
 
戦争の話しをするのは、決して嫌がらなかった祖母。
 
満州での生活の話し、戦時中の話し。
防空壕の話し。
小榴弾から逃げる話し。
 
色々教えてくれた。
 
もちろん、戦争で亡くなった人もいた。
悲しみにあふれていた話しもあった。
ただ、教科書では分からない、決して楽とはいえない生活の中ではあるが、家族は明るくキラキラしていた。
決して、悲嘆だけでは無く、夢や希望にもあふれていた。
そこには、キラキラした人生の物語があった。
 
私は戦後生まれである。
彼女から紡ぎだされる物語、体験談は、私が生きているこの現代よりも、もしかしたら希望が持てるかもしれない。とすら思えてきていた。
戦中の悲しみ、悲嘆。
戦後の必死な生活。ただ、未来に向かって必死に、生きていくことにただただ貪欲になっていた人生。
彼女から出てくる言葉一つ一つが私の中のどす黒い何かがあらわになっていった。
彼女から出てくる言葉一つ一つがキラキラ光っていて、私の中のどす黒い何かが包まれて無くなっていくように感じた。
 
ただ、その人の話しをする時だけは、彼女はなんとも言えない表情で話しをした。
「彼女に託されたものが渡せなかったことだけが悔やまれるの。でも、私も必死だった」
 
きっと、私に「大丈夫だよ」
と言ってほしかったのかもしれない。
 
ただ、私のどす黒い何かがその言葉を発することを拒ませた。
その時は何故か分からなかった。
彼女は、そう言ってほしい。と言ったわけでは無かったが、
その後、満州の話しをすることは無くなった。
 
祖母が亡くなって何年にもなる。
 
子供が第二次世界大戦の勉強をし、満州も勉強をするのだろう。
満州の話しが出てきた。
私は祖母の話しをしながら、祖母を救えなかった自分にチクリと心が痛む。
 
私は戦後に生まれた。
祖母の話しは、私にとっては悲しみでは無く、躍動感そのものにしか感じられない。
必死に生きていく美しさ。
彼女の持つ罪悪感ですら、私には生きているというキラキラしたものを感じていた。
そう。私は彼女の人生に嫉妬をしているのだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-04-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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